#02 獅子神敬一は貢ぎたい
─1─
「計画はこうだ。
①お家デート中に真経津たちがアポ無しで来る
②オレが仕方なく家に上げる
③適当な理由でオレと叶が買い出しに出る
④残ったメンバーでナマエに欲しいものを聞く
異議質疑のある者は?」
「獅子神さん〝おうち〟デートって言うんだね。かわいこぶってる〜」
「配役に異議アリアリ! 納得いかねー」
「直接聞く度胸もないマヌケが」
「神への献上品は何だ?」
各々好き勝手に発せられる言葉に、オレは声量だけで対抗した。
「うるせー!! いいから協力しろ!! もうメシ作ってやんねーぞ!!」
//////////頼りたくねえ面子を頼る羽目になったのには理由がある。ナマエの誕生日がもうすぐなのに、オレはあいつの欲しいものがさっぱり分からなかった。バッグや宝石で目を輝かせる女であればどれだけ楽だったか。下手に高いものをあげると恐縮しちまうし、ナマエの仕事や趣味の分野にオレは明るくない。
「なぁんでオレが買出し固定なわけ?」
叶はずっと不貞腐れながらソファをバンバン叩く。
「天堂はナマエと元々知り合いだし、主治医の村雨も顔馴染みだろ。真経津は明るさ担当だ。陰気二人の雰囲気を掻き消してくれ」
「いいよー」
「「陰気二人だと?」」
真経津の軽い返事をかき消すように、村雨と天堂が低い声でユニゾンする。
「オレも明るくてコミュ強なのに」
「叶は……なんか嫌だから」
「なーにケイイチくんNTR心配してんの? オレは3Pでもいいけど」
「そういうこと言いそうでヤなんだよ」
あいつに変な言葉聞かせたくねぇんだよ、と言うと「過保護すぎ」と冷めた目で言われた。若干自覚があるので言い返せねぇ。
//////////かくして(壮絶な不安とともに)、計画は実行された。
あいつらが予定時刻を過ぎてもなかなか来ないから、ついいちゃいちゃに熱が入った頃、いいムードを引き裂くインターホンの音と共にやって来た。
買出しに行くクジ引きも予定通り。簡単なイカサマでオレと叶が外へ出て、そのまま車庫に向かう。車の後部座席には、あいつらが買ってきたドリンクやアイスが保冷剤と共に積まれている。レジ袋に詰め直して持っていけば、いま買ってきたように振る舞えるってわけだ。
で、オレたちは前の座席でスマホを構え、会話の様子を見ている。リビングに置いてあるカメラのライブ映像だ。
〈──でねー、獅子神さんが君に誕生日プレゼント何あげたらいいか分かんないから、ボクたちに聞き出してほしいんだって!〉
「おいゴルァ真経津ー!!」
「ほーらやっぱオレの方が良かったじゃん」
頭を抱えるオレに、叶は冷たい視線を向けやがる。まさかこれほどまでとは思わねえだろ!
いまにも殴り込みに戻りそうなオレを、叶がまあまあと抑えてくれたお陰でどうにか落ち着くことができた。画面内のナマエも動揺しまくってる。ついでに残り二人も腕を組んだまま天井を見上げてやがる。お前らまで諦めんなよ。なんとかしてくれ。
〈その、わたし、本当に何も思いつかなくて……〉
〈獅子神さんならなんでも買ってくれるよー?〉
〈こ、これ以上何かもらったら罰が当っちゃいます!〉
〈でも、して欲しいことは何かあるって顔してる〉
真経津の目。相手の内面を写し出す、じっとりとした視線。こいつには分かっているのだ。オレには見えない、あいつの欲を。何を求めているのか、オレがいちばん知ってなくちゃいけねぇのに。悔しくてスマホを強く握りしめてしまう。
〈な、ないです〉
〈あ。恥ずかしいことなんだ〉
〈ちちち、ちがっ、ほ、本当に何もないの!〉
〈──時に信者よ〉
うお、天堂がぬるっと会話に入って来やがった。
〈神の祝福を拒むのなら、神への献身も拒むことになる〉
〈………………ええっと、わたしから獅子神さんにプレゼントするときに困るぞってことですか?〉
なんで分かるんだよ。いや、そうか。下手したらオレたちの中で一番付き合いが長いのか。複雑な気分だ。
〈あの男が、あなたに贈りものをせずにいられるわけがないだろう。あなたが「何も要らない」と言うのであれば、獅子神があなたに何か求めたくても「何も要らない」と言うしかない。それは双方にとって不都合なのでは?〉
ようやく最年長が口を開いた。遅すぎるくらいだが、ナマエは納得したような顔で考え込んでいる。
〈獅子神さん、どんなものなら喜ぶのかな……〉
独り言のように呟くナマエに、真経津が〈セクシーな格好でもしてあげればー?〉なんて無責任なことを言い放ちやがる。ナマエのやつ、顔を真っ赤にしてかわい──かわいそうに。
〈で、本題はナマエさんだよ。あるんでしょ?〉
〈子どもっぽいお願いでも、いいんでしょうか〉
〈やっぱりあるんだ〉
〈これ、獅子神さんにも言うんですよね?〉
〈んー……そうだね!〉
言うというか、聞いてるんだけどな。ちょっとだけ罪悪感を覚える。
〈あ、呆れられそうで〉
〈いいんじゃない? 獅子神さん、ボクたちに頼むくらい悩んでたよ。どんなことでも、教えてくれるならきっと喜ぶよ〉
〈…………〉
だよね、と真経津はカメラに視線を向ける。オレに言っているのだ。
ナマエは指を合わせてもごもごと言い淀んでいる。こいつの癖だ。言い難いことを言おうとするときの。画面越しでも分かるほど顔を真っ赤にして、でも一生懸命に話そうとしているのがかわいい。いますぐ抱きしめにいきたい。そのまま抱きたい。
「ケイイチくんの真顔こわー」
横から叶が呆れ果てた声を上げる。
うるせぇ。こっちは集中してんだよ。
〈えっと、わ、笑わないで聞いてほしいんですけど……、あの、その、お──お姫さま抱っこ、してほしくて〉
オレは天を仰いだ。
そこには車の天井しかないわけだが、なんだが無性に遠くの山を見たくなった。
はぁーーーーッ、と深いため息を吐く。
こんだけ引っ張っておいての〝お姫さま抱っこ〟って。しかも顔を真っ赤にして恥ずかしがって、声もだんだんか細くなって最後には消え入りそうになって。かわいすぎかよ。盗撮しててよかった。
〈する?〉
「すんな!!」
戯けた真経津が両手を広げたので、オレは聞こえてないと分かりながらも本気で怒鳴ってしまう。
〈えっと、実は──〉
そんな真経津をスルーしてナマエは語る。いい気味だ。曰く、入院中、お姫さま抱っこされたのが相当嬉しかったらしい。確かにその辺くらいからオレのことを意識しはじめていたのは感じていたが、まさかそんなに嬉しかったとは。
誕生日とかどうでもいいから毎日お姫さま抱っこしてやろう。いや、あいつ卑屈さは折り紙つきだ。自分が言っちまったから、オレが嫌々やり始めたと思うかもしれない。記念日だけにした方が、特別感があっていいのか? いやそれよりもお姫さま抱っこって。あんな軽い身体を持つくらいなんでもねぇのに。しかもタダだ。金も時間もかからねぇ。そんな簡単なことを言い出せずにいたのか? 付き合ってんのに?
恥ずかしがり屋というだけじゃない、きっと、そんなもんは自分には勿体無いと思って飲み込んできたものがたくさんあるに違いない。そりゃ、日常的に「ぎゅってしてもいいですか?」なんて、お伺いを立てるくらいなのだから。
「ケイイチくん、どうしよ」
珍しく動揺した声で叶が言う。
「推しカプ観測し続けたい気持ちと、NTRしてみたい気持ち、心が二つある」
「どっちも捨てろ!!」
よし、決めた。どろどろに甘やかしてやる。二度と欲望を飲み込めないように。オレに遠慮なんてさせねえように。
ナマエが自分からお姫さま抱っこをねだるようにさせる。セックスだって、あいつがしたいときにあいつが誘って来るようにさせる。オレがしたいから付き合わせるんじゃなく。甘えることを当たり前にさせてやろう。
あと、画面越しに見るナマエってなんか良いな。写真や動画を撮ろうとするとわかりやすく身構えてしまうから、こうした自然体の姿を残せる機会はそうそうない。オレにちゃんと惚れてるのも再確認できたし。下手に見つかる前に回収しようと思ってたが、もう少し設置しておくか。そうだ。そうして設置していたことを忘れて、リビングでたまたまいちゃついてても、流れでそのままセックスしても不可抗力だよな。そう、決してこれはハメ撮りじゃなくて──
そこまで考えてからいやいやと首を振る。
ナマエの了承も得ずにそんなことするのはダメだろ。それに常に設置していたら、いつ真経津たちのような目敏いやつらにバレるとも限らない。
オレは正々堂々、ハメ撮りをさせてくれと頼むだけだ。いつかな。
「一発抜くなら、オレ先に戻ってるよ?」
「んな気遣いはいらねぇよ!」
─2─
それから数日後、ナマエがうちへ遊びに来たときの話だ。盗撮してから時間が空いたと言うのに、いまだナマエの様子はどこかぎくしゃくとしていた。
「そ、そういえば。天堂さんたちから何か聞きました?」
「あ? 何のことだ?」
「ん、んーーーー……いえ、な、なんでも……」
「そういや、来週の週末空いてるか? できれば二、三泊くらいで出かけたいんだが」
その期間はちょうどナマエの誕生日に被る日程だ。カレンダーを頭のなかに思い浮かべたのか、分かりやすく狼狽えはじめる。
「あ、えと、そ、そうですね。大丈夫です。あの──」
「誕生日サプライズはねぇよ。天堂から聞いた。そういうのは苦手なんだってな」
「や、やっぱり聞いてるじゃないですかぁ」
ほっとした顔でナマエがため息を吐く。見るからに「わたしは秘密を抱えるのが苦手です」って顔で一日中いられても、こっちが落ち着かない。早めに目的をバラすことにした。嘘を半分交えて。
「あーあ。他人に聞き出してもらうとかダセェことしちまったなぁ」
オレのわざとらしい演技にも、ナマエは眉の端を下げて申し訳なさそうな顔をした。
「す、すみません……わたしが煮え切らないから……。そ、それで、あのあと欲しいもの考えたんですけど……!」
「お、なんだ?」
意を決したような顔を、すぐさま真っ赤にして俯く。お姫さま抱っこ、と答えたときと同じだ。すぐに抱きしめたくなる気持ちを抑え込んだ。あいつらはよくも、こんなかわいい顔見て平気だったな。指一本でも触れてたら即座に殴り込んでたと思うが。
「……に、似合わないことを言うんですけど、笑わないでくれますか?」
「オレがそんな奴に見えんのか?」
「ね、念のためですってば」
「笑わねえよ。約束する」
「──ぴ、ピアス」
「ピアス?」
「獅子神さんの、つけてるピアス、が、ほ、ほしいです……あの、できれば、なんですけど……」
「これ?」
オレが右耳に触れて示してみると、ナマエはぶんぶんと首を横に振った。
「あ、いや、使ってないのとか、一番安いのとかで全然構わないんです。獅子神さんの私物をもらえたら、わたしももっとがんばれるかなあ、って……」
茹蛸みてえに真っ赤になって、その顔を手で隠しながら一生懸命伝えてくる。こっちが赤面しそうなくらいにいじらしい。かわいい。いますぐやりてぇ。あ、いや、ピアスを。
あまりの衝撃に言葉を失っていたら、「……こ、こういうのって、重い……ですかね?」と恐る恐る尋ねてくる。
「すみません、わたし、獅子神さんが初めての、か──彼氏なもので、もし、気持ち悪いことを言ってたら教えて欲しい、です。あの、その、獅子神さんの嫌がることはしないので……!」
しどろもどろになりながら、無害生物が無害アピールしてくる。不機嫌なチワワにも負けそうなくせに。その上「彼氏」という単語を言った自分に照れてる。抱きしめるなと言う方が無理な話だ。
ぎゅうと抱きしめたついでに、小さな耳たぶをむにむにと揉む。
「いつ開けに行く? 皮膚科予約しとくぞ。開けてすぐは付けられないからな」
「そ、そうなんですね……あの、自分でも開けられるやつ、売ってますよね?」
「あー、ドラストとかにな。でもバイ菌が入ることもあるし、皮膚科がいいんじゃねえか?」
そうですね、と腕のなかで小さく返事がある。おっといけねえ。飲み込ませないようにするんだった。
「自分でやってみるか?」
もしかすると、そういう憧れがあるのかもしれない。優等生が不良に憧れるような。「こんな歳にもなって」はオレたちには不要な言葉だ。ナマエにだって言わせない。
「あ──自分でやるのは、怖い、ですね。うん、やっぱり皮膚科にしましょう」
それがいいです、とナマエは笑う。そういう聞き分けのいいところがかわいくてかわいくない。
ずっと弄んでいた耳たぶにキスをすると、ぴくんとかわいらしく肩を跳ねさせる。そのまま外耳に舌を這わせると、背中に回された手が少し強張った。相変わらずのウブな反応だ。このまま押し倒してぇー。
「しし、がみ、さん」
抗議するようにオレの名前を呼ぶだけで、拒むことはない。ちゅ、とわざと大きめのリップ音を立ててやると、どきりと身体を震わせる。いっぱいいっぱいになってんのがかわいいんだよな、マジで。
「とりあえずやってみようぜ。怖くなったら皮膚科に変えていいんだし」
「獅子神さんはどうやって開けました?」
「オレ?」
外耳を喰みながら答えると、ぷるぷると小さな肩が震える。時折り漏れる熱い吐息が首にかかって、それだけで煽情的だ。できるだけ長く味わいたくて、思い出すふりをしながら耳を食んだ。
「中学か高校の頃、安全ピンで開けたっけかな」
「安全ピンで?」
「ライターで炙ってよ──あんたはそんなことすんなよ」
「獅子神さんと同じが良い」と言い出さないかと不安になって途中で釘を刺した。
「安全ピ──んっ、は、怖い、ですけど」
耳から降りて首筋にキスをすると、裏返ってしまった声を恥ずかしがるように顔を背けた。まるで齧り付いてくださいと言わんばかりに晒された肌に歯を立てて皮膚を舐める。
「獅子神さんに、開けてもらえたら、うれしいなって」
いつになく素直なおねだりだ。
もしかして、とオレは良いことに気がつく。
──えろい気分にさせた方が素直になるんじゃないか、こいつ。
服の中に手を入れて、治療中の傷跡をつう、と指先でなぞる。ナマエはまるで溺れるように、キスの合間合間に言葉を紡いだ。
「ピアスホール?」
「んっ、獅子神さんに、開けて、ほし、いです」
「オレで良いのか?」
「獅子神さんが、んぅ、いいです」
舌を抜き差ししながら問うと、とろんとした表情で答えた。
どうやらオレの予感は正しかったらしい。えろい気分にさせれば、こいつの引っ込み思案も鳴りを潜める。というか脳のリソースを我慢に使えなくなるんだろう。ナマエの願いを引き出すと言う名目で、いくらでもえろいことでき──じゃなくてだ。
「じゃあ、いまから買いに行くか」
「へ?」
まるでお預けを食らったような顔で見上げてくる。股間の立ち上がりかけたものに気づかれないようにと離れながら「早い方がいいだろ?」と白々しく言うと「そ、そう──ですね、はい!」と上気した顔のまま笑う。さすがに買いものよりセックスをねだるほどは理性が蕩けていなかったようだ。残念。
「わた、わたし、着替えてきますね」
妙にスカートを気にしながらナマエはそそくさと自室へ向かおうとした。おそらく、着替えには下着が含まれているだろう。感じやすいあいつが、キスでどれだけ濡らしたのか、いますぐ確かめたい気持ちを堪えた。
─3─
獅子神さんと付き合って分かったことがある。
獅子神さんの身体はとてもセクシーだっていうこと。
筋肉質な身体は彼の努力の賜物で、いやらしい目で見るなんて失礼なんだろうけど。身体にフィットした服を着たときの、ゆるやかな起伏が、その下にある裸を想像してしまって、わたしはまるで第二次性徴期を迎えた子どもみたいにどぎまぎしてしまうのだ。
わたしも獅子神さんに憧れてこっそり運動をはじめてみたけれど、あの身体に仕上がるのにどれだけの時間と努力を重ねたのだろう。もうルーティンになっているとは言いつつも、食事制限を続けるストイックさは真似しようとさえ思えない。わたしがどれだけ美味しい料理を食べていても「ひと口くれ」なんて絶対に言わないのがすごすぎる。その料理を作ってくれた本人にも関わらず、だ。
そして、わたしのだらしない身体に比べて獅子神さんの身体はそう──とてもえっちなのだ! 割れた腹筋や盛り上がった二の腕、山脈みたいな僧帽筋、分厚い胸筋が、あの整った顔の下に隠れている。それってとてもえっちでは?
一緒にお風呂に入れたら、獅子神さんの裸を見放題なんだけど、そうなるとわたしの身体も見られ放題なので、とてもじゃないけどお願いできない。
お付き合いをはじめて家にもよく遊びに行くようになったけど、泊まりの日でも抱いてくれないことが──失礼。抱かないでくれるときも、ある。
数少ない女友だちから聞いた話だけれど、彼女はいつかの折に「呼びつけられてデートかと思ったらセックスしかしなくて、カラダ目当てなの隠さないのが嫌」と言っていた。まさか逆の立場でその言葉を思い出すことになるなんて。獅子神さんに抱いてほしくてほしくてたまらないわたしはスケベです。神さま、獅子神さん、ごめんなさい。
獅子神さんはすごく紳士的で、ただ寝るときも腕枕してくれたり、ぎゅっとハグしてくれたりして、その度にわたしは自分が性欲にまみれた獣みたいで恥ずかしくなるのだ。
こんなわたしの本性がバレてしまったら、いくら聖人君子の獅子神さんでも引いてしまうだろう。カラダ目当てで付き合っているとも思われたくない。だから、べろちゅーされたくらいで濡れちゃうなんてこと、絶対に隠さなきゃ。
//////////わたしの誕生日前日。
ドライブデートと観光を経て神奈川のホテルにチェックインした。ロビーに入ったときからちょっと覚悟はしていたけど、なかなかの高級ホテルだ。荷物を運んでくれるベルパーソンさんも、とても優雅なおじさまだった。この時点で「格」の違いを見せつけられたわたしは、正しい振る舞い方がわからずに獅子神さんの影に隠れていた。
ベルパーソンさんが部屋の説明を終えて(説明が必要なほど広くて何でもある部屋なのだ)退室したあと、「緊張したか?」と獅子神さんが笑った。
「した、じゃなくて、してます」
素直にわたしはギブアップ宣言をした。言葉の通り、わたしはいまもなお緊張し続けている。置いてある花瓶のひとつですら、わたしの月収より高そうで、おちおち歩き回ることもできない。
「小説のネタとかにはならねぇのか? ほら、金持ち坊ちゃんが探偵役のミステリ書いてただろ」
電子書籍化もされていない、打ち切りになった児童向けシリーズさえ読まれていることに驚いたけれど、そう言われると好奇心が芽生えてきた。
そろりそろりと部屋を見て周る。慎重に壁伝いに歩きたいけれど、手をついたら壁紙を汚しそうでまた怖い。
「あの、獅子神さん、この部屋って」
「値段は聞かねえ。調べねえ。だろ?」
「……そうでした」
ホテル名を告げられたときに「どうせ何も言わなかったら調べて縮こまるから」と、部屋の値段を一切調べないよう言いつけられたのだ。獅子神さん、貧乏人の心の機微にすら造詣が深い。
先ほどはあっさりとしか触れられなかったベッドルームに行き、目の前に広がる光景に「し、獅子神さぁん」と思わず悲鳴を上げてしまった。
「なんだ、虫でもいたか」と顔を覗かせた獅子神さんに「薔薇の花びらで『happy birthday』って書いてるぅ」と泣きついてしまった。
「……これくらいはサプライズじゃねえかなと思ったんだが、嫌だったか?」
「嬉しいです」
心の底から嬉しくて、涙をぽろぽろと溢してしまった。
「分かりづれぇな!」
それからは獅子神さんを連れ回しながら、やれ「あのソファに座って良いですか」やれ「ルームサービスのメニューを見ていいですか」やれ「資料にしたいのでベッドに寝た状態で何枚か写真撮って良いですか。え? いやわたしじゃなくて獅子神さんが寝るんですよ?」……云々、自由に過ごさせてもらった。
おかげさまで緊張がほぐれ、「ディナーの席を予約してるが、どうする? 肩が凝るなら部屋に持ってきてもらってもいいぞ」と気遣う獅子神さんの提案に「お金持ち体験がしたいので!」と言ってきちんとした会場でコース料理もいただいた。
ディナーは想像を遥かに超えてしっかりとした雰囲気だったので、しっかりと後悔もした。
「あの、あまり言わないようにって思ってたんですけど……獅子神さんって、お金持ちですよね……」
「いや、結構言ってるぞ」
「本当は十倍くらい言いたいのを我慢してるんです」
「まあ、稼がせてもらってる方だとは思うが」
その上謙虚だ。
村雨先生はお医者さんだし、叶さんは人気ストリーマーらしいし、お友だちもお金持ち同士だからあんまり意識しないのかな? 天堂さんと真経津くんについてはよく分からないけど。
「こんなにしてもらったら、獅子神さんの誕生日に何をあげればいいかわからないんですが」
「誕生日プレゼントはお古のピアスだって言ったろ。タダだタダ。ホテルはオレが泊まりてえから来たんだ」
こんな風に、わたしのためのことを自分のためのように言ってくれる。強引に見せかけてものすごく優しい。いや、ものすごく優しいから、強引なふりをしてくれるのだ。
「どうにか来年のお誕生日までには一発当てるので」
お酒も回って気分がいいので、そんな軽口を叩くことができた。
「そんときはまたお祝いだな。都内で一番高い部屋にしよう」
獅子神さんのジョークはもう一枚上手だ。
もう何も貢がないでください、とわたしは一生使う機会がないであろう言葉を吐いた。
お腹が落ち着いた頃、そろそろ風呂に入ろうと獅子神さんが提案してきた。たくさん入浴剤を用意してあって、好きなフレーバーを選べるのだと言う。実際に並べられたものを見ていると、パッケージを見るだけで楽しい。
「獅子神さん、獅子神さん、どれにしますか?」
「あんたの誕生日なんだから、好きなのを選べよ」
「それじゃあ、薔薇ですかねえ」
まるでショーケースのアイスクリームを選ぶ子どもへ向けるような苦笑を浮かべて、脱衣所から獅子神さんが言った。
湯はり中の浴槽に入浴剤を入れてかき混ぜる。色は乳白色だけど、香りはしっかりついている。封入されていた小さな花びらがふわっと広がった。薔薇のムーディーな香りが獅子神さんにぴったりだ。花の王者は牡丹と聞くけれど、獅子神さんは薔薇の方が似合う気がするな。薔薇のような派手な花がとりわけ好きという感じではなかったのだけど、部屋に飾られた薔薇を見て好きになってしまった。そんな他愛もない話を獅子神さんは聴いてくれる。
「花びらも入っててきれいですよ。そういえば、ベッドの薔薇も素敵だったので持って帰りたいんですけど、あれって──」
脱衣所の方を振り返ると、シャツを脱いで半裸になった獅子神さんが居てあわあわしてしまった。きょうもいい身体してる。
「あ、わ、お、お先にどうぞ!」
裸をガン見したい気持ちを押し殺して、脱衣所に早足で戻る。こういうのって、男子が女子にするタイプのラッキースケベでは?
横をすり抜けて脱衣所を出ようとしたところを、すぐに確保されてしまった。ひょいと持ち上げたられて動けなくなる。
「一緒に入るんだよ」
そんな、当たり前みたいに。
「ダメか?」
いつもの彼からは想像もできないような、しょげた表情。ダメと言うことなんてできなかった。
「だめ、じゃ……ない、です……」
「嫌なら断ってもいいんだぞ」
「だ、大丈夫です……」
大丈夫だろうか、本当に。
わたしはわたしが信じられない。ここ二週間ばかり身体の関係がなかったもので、おあずけを食らったわたしが久しぶりの獅子神さんの肉体美を目の当たりにして鼻血を出さないか心配だった。
「髪、避けとけ。ファスナーが噛んじまう」
言われるがまま、後ろ髪を横に分けて背中を向けた。きょうのために買った、ちょっと高いワンピース。獅子神さんにとっては日用品価格だろうけど、まるで大切なものみたいに丁寧にジッパーを下げてくれて、それだけでもう嬉しい。
ワンピースとストッキングを脱いでしまうと、上下の下着だけになってしまうので、一気に露出度が増えて急に心許なくなる。
外に響かないようにあしらいのないブラジャーにしたけれど、もう少しかわいいデザインのにしたら良かったかな、と思ったのも束の間──すぐにホックが外された。
後ろから抱きしめられながら、獅子神さんの手がわたしのショーツにかかったので、そこだけは自分で脱がせてくださいと訴えた。
「きょうは誕生日だから、全部オレにさせろ」
「ま、まだ二時間くらいある……」
「ヨーロッパならとっくに誕生日だ」
「日本の子午線に従ってくださいよぉ」
わたしの情けない声に、獅子神さんは苦笑して「本当に嫌ならちゃんとやめるからな」と一言添えてくれる。そんな風に優しく言われたら、嫌とは言えない。わたしはまた「大丈夫です」と答えてしまうのだった。
──大丈夫かな。
──パンツ汚れてないかな。
わたしの頭を占めるのは、そんなことばかりで。ずっとえっちを期待している淫乱な女と思われたくなくて、ショーツを下げられる間、精一杯足を閉じた。
半裸の獅子神さんの前で、全裸のわたし。
恥ずかしくなってその場でしゃがみ込んでしまった。わたしが寒がってると思ったのか、獅子神さんは上からバスタオルを掛けてから自分の服を脱ぎはじめる。わたしは顔を背けるふりをして、横目でその肢体を盗み見る。
「ご、ごはん食べたので、お腹出てるかも……」
デザートまでたっぷり食べるんじゃなかった。せめてもの悪あがきに、言い訳のような独り言をこぼしながら、むにむにとお腹を揉みほぐす。
「そりゃお互いさまだ。オレもきょうはチートデイだったからな」
そんなわけない。獅子神さんのシックスパックに守られたお腹は、きょうも最高に引き締まっている。
「ほら、行くぞ」
隙間から覗き見していたバスタオルが取られた。獅子神さんも脱ぎ終えて全裸になっている。えっち、えっちです、すごくえっち!!
こんなにもわたしは心臓が破裂しそうなくらいドキドキしているのに、獅子神さんはまるでおばあちゃんを介護するようなそつのない動きでわたしの身体を洗い、髪をシャンプーしてトリートメントもしてくれた。スポンジが敏感な場所を通るたびに、わたしは息を止めなきゃいけなかった。そうしないと、お風呂の洗いっこで興奮するやつに思われそうで。
これまでの男性経験のなさを、これほどまでに恨んだことはない。
「ん、綺麗になった」
シャワーで泡を洗い落とされるや否や、わたしは浴槽に駆け込んだ。乳白色の水面に薔薇の花びら。こちらの方が身体を隠せるから安心だ。
獅子神さんはゆっくりと自分の身体を洗ってから浴槽に浸かった。ああ、わたしも獅子神さんの身体を洗えるチャンスだったのに。洗いっこにかまけて腹筋や胸筋を触り放題だったのでは? いやいや、そんなふしだらな考え、獅子神さんに失礼すぎる。筋肉はタダじゃないんだぞ。
「ん」
獅子神さんが浴槽の端で手を広げた。こっちへ来いというジェスチャーだ。ゆっくりと湯のなかを移動して、獅子神さんに近づく。
「こっちなら恥ずかしくないか?」
太く逞しい足の間に収まり、後ろから抱きしめられる。確かに、獅子神さんが見えない分、少し落ち着いた。
「すみません、慣れてなくて」
「いーって。付き合わせて悪かった」
「し、獅子神さんが悪いわけないです!」上擦った声は想像以上に浴室に響いてしまって、慌てて声のトーンを落とした。
「しょ、正直……憧れてました、好きなひとと一緒にお風呂に入るの」
「ほかに憧れてることあるか? ぜんぶやっちまおうぜ」
「も、もう、みなさんに言いましたよ……」
「お姫さま抱っこ以外でだよ」
お姫さま抱っこ、という言葉を出すのが恥ずかしくて誤魔化したのに。というか丸のまま伝えないでって言ったのに。
「いまは思いつかないです」
「ほんとかぁ?」
正直な気持ちだ。獅子神さんにしてもらえたことが多すぎて、飽和状態なのだ。
「ほら、お腹いっぱいのときに買い出しに行って、ろくなものを買えずに帰っちゃう、みたいな」
「ああー? なるほど?」
「その、嬉しいことがいっぱいすぎて、お腹がいっぱいといいますか、その……」
最終的には獅子神さん大好き、としか言いようがなくなる。これが作家の語彙力か?
「いろいろ身に余りすぎて、がんばって咀嚼してるところなので、その、つまらないかもしれないんですが、許してください」
すると、ぐっと引き寄せられて首筋にキスをされた。背中に硬いものが当たる。獅子神さんも、こんなへっぽこなわたしに興奮してくれてるのかな。むせ返るような薔薇の香りで、頭がくらくらした。
獅子神さんの太い腕がお腹に回される。裸の皮膚がお互いにくっつきあって、とてもいけない気分になってしまう。
会話のない浴室を沈黙が支配する。
心臓の音が伝わってしまったらどうしよう。話し声もない水面はしんと凪いでいて、一層動けなくなる。
「うちのアヒルでも持って来るんだったな」
「……わたしのこと子どもだと思ってません?」
「あいにく、ガキとこーいうことしてぇとは思わねぇよ」
獅子神さんの手がわたしの胸を優しく持ち上げた。水風船で遊ぶようにぽよぽよと指先で乳房を突く。お風呂場でしたり、するのかな。そんな期待に胸を膨らませていると知ってか知らずか、獅子神さんは肝心なところには触れずにわたしの身体を抱きしめていた。もっと触ってほしい、なんて言ったら、幻滅されるだろうか。
湯加減はちょうどいいはずなのに、サウナに入ったみたいに頭がふわふわする。手足の力が抜けてぼーっとする。気持ちいい。足を伸ばせる浴槽っていいなあ。
「おい、大丈夫か?」
獅子神さんに揺り動かされて、のぼせかけていたことに気づく。足を伸ばすにつれてずるずると沈んで行っていたようだった。
「すみません、気持ちよくってうたたねを……」
「気絶と同じらしいぞ、それ」
早々に浴槽から水揚げされ、獅子神さんに付き添ってもらいながら脱衣所までたどり着いた。バスタオルで抱きしめられるように軽く脱水される。人間洗濯機があったら、こんな感じかもしれない。
申し訳なさで小さくなりながら洗面台前に座って髪を乾かしていると、前髪から水滴を垂らした獅子神さんがミネラルウォーターを持ってきてくれた。
「どうした?」
キャップを緩めたボトルを手渡されるとき、少し照れてしまった。自分では上手に隠したつもりでも、獅子神さんには敵わない。
「……その、は、はじめて家に泊まったときを思い出して」
獅子神さんが思い出すように視線を宙へ向ける。そんな細かいことを覚えてないかもしれないけど、わたしの初体験のあの日も、こうやって優しく水をくれたっけ。
「よく覚えてんな」
「へへ……なんか、いつもお世話されてますね、わたし……」
「ドライヤー替わる。スキンケアでもしててくれ」
「ま、またお世話されちゃう……」
「誕生日だからな」
誕生日じゃなくてもお世話好きのくせに、と呟く声は風の音にかき消される。丁寧に乾かされた後、ヘアオイルまで塗ってくれた。
その後にマッサージだと言って肩や背中も揉んでくれたのだけれど、刺激が優しすぎて逆に変な気分になってしまう。獅子神さん、わたしのこと手のかかるハムスターか何かだと思っていないだろうか。もっと強くしてくれていいのに、もどかしい。
「あ、あの、獅子神さんも髪乾かさないと風邪引いちゃいますよ」
「ん、じゃあ先にベッドに入っててくれ」
わたしも獅子神さんのお世話をしてみたかったけれど、かといって何をすれば良いのか思いつかなくて、ひとり寝室へ向かうことにした。
ナイトガウンに身を包んでベッドルームに向かい、薔薇の花びらを丁寧に集めて、備品のクロスを敷いてテーブルの上に置いた。明日持ち帰っても良いかホテルに聞いてみよう。ドライフラワーにしてポプリみたいにしようかな。
準備万端、ベッドで待ち構えているわたしの元へ、髪を下ろした獅子神さんがナイトガウンに身を包んでやってきた。なんというか、ナイル川で水面に顔だけ出して水牛を待ち構えてるワニって、こんな風じゃないかしら。わたしの下心がバレてしまわないように、布団の隙間から獅子神さんを見つめた。
かっこいい。
ナイトガウン似合いすぎる。
大きく開いた襟から覗く胸筋がまぶしい。
布団に潜り込んできた獅子神さんは、わたしをぎゅっと抱きしめてくれて。ほかほかの体温、ほかほかの胸筋。ここが天国のようだ。そしてきょう何度目か分からない誕生日おめでとうを言ってくれた。まだあと少し前日が残っているのに。
幸せいっぱいのわたしは、このまま抱いてもらえるのだと信じ込んでいた。
「じゃあ、おやすみ」
額に優しくキスをされて、わたしは放心する。
「えっ──、え?」
「あ、プレゼントは日付超えてからな」
「そうじゃなくて、あの、その、」
いつも獅子神さんからだったから、切り出し方がわからない。セックスしないんですか? とでも聞けばいいのだろうか? そんな、聞けるわけがない。でも。
「きょう、しない、んですか」
迷いに迷って、わたしは起き上がってベッドの上で正座して尋ねていた。何かしてしまっただろうか。思い当たることが多すぎて、熱った身体が急激に冷めていく。わたしがはしゃぎ過ぎちゃったから引いちゃった? 運転もエスコートも全部させて疲れさせちゃった? それとも提案をいくつか断っちゃったのが気分を害した? わたしの女性としての魅力──は、もともとないけど。
獅子神さんは寝転んだままくしゃりと笑って「いつもオレからばっかで、無理させてたかなと思って」と言った。
無理なんてしてるはずもない。こんなにも、したいと思っているのに。
「思い返せば、あんたから誘ってくれたことはなかったしな。なんつうか、一方的で悪かったなって」
はずかしい、はずかしい、はずかしい。
この羞恥心は自分から誘うことに対してじゃない。ぜんぶを獅子神さんに任せて、獅子神さん頼りにしていた、幼稚な自分が恥ずかしい。
「……すみません」
「オレがはじめての彼氏なんだろ? したくないときは嫌って言っていいし。それに、明日も出かけるから疲れを残したくないだろ」
獅子神さんの気遣いが、どこまでも優しくて申し訳なさで心がいっぱいだった。違います、わたしはずっと期待してて、待ってたんです、そのくせ自分からは言おうとしなかった卑怯なやつなんです、いろんな言葉が喉につっかえて出てこない。
そんなわたしをさらに気遣ってか、明日の天気や予定をスマホで確認して、楽しみだな、なんて言う。そんなの、どうでも──よくないけど、よくて。
「しし、がみ、さん」
ナイトガウンの端を掴んで、わたしは縋るように声をかけた。ここにきて、獅子神さんの好意を無碍にするのかな。わたしの都合で振り回していいのかな。性欲の強さに引かれたりしないかな。
そんな恐怖心を飲み込んで、飲み込んで。
「わたし、えっち、したいです」
獅子神さんの顔を見ることができない。恥ずかしさと申し訳なさで、穴があったら入りたい。そもそも、お風呂に入ってたときに勃っていたあれも、そう、条件反射みたいなもので、きょうはずっと運転して疲れてるかもしれないし。早く休みたいのは本心かもしれないし。でも。
だめ、ですかね?
自分でも聞こえないくらいの小さな声で、わたしは追い縋ってしまった。
─4─
だめなわけねぇだろ。
咄嗟に叫びそうになった衝動をなんとか抑え込み、オレはナマエを抱きしめてから、なるべく小さな声で言う。
オレの言葉に翻弄されて、狼狽えて、可哀想なくらいかわいいやつ。風呂場でナマエの性感帯を刺激するだけしてその気にさせたことも、ナマエからセックスしたいと言わせるために優しさに見せかけた嘘八百を並べていたのも、気づくことはないのだろう。気づかれたらどれだけ見損なわれるか、恐ろしすぎる。
「ごめんなさい、わたし、いつも獅子神さんが言ってくれるのを待ってて」
泣きじゃくりながら謝ってくるその目元を舌先で拭ってキスをした。ここまで思い詰められるとさすがのオレも罪悪感を覚える。完全にやりすぎた。
「オレだけやりてぇのかと思ってた」
「ちが、違います、わたし、も……ですから」
知ってる。こんなに分かりやすくて気づかねえわけがねえ。だが、オレの口はいかにも申し訳なさそうに「気づかなくてごめんな」と慰める。
「謝るのはわたしのほうなので……その、ちゃんと、言うようにします」
そう言ってナマエはオレの背中に手を回すと、抱きしめながら「大好きです」と小さな声で言った。
ちゃんと言おうとしている。
それはとても良いことなんだが。
オレの黒い腸が、もっと言わせろと主張してくる。ああ、もうこいつを虐めたくないのに。甘やかしたいのと同じくらい、困らせたい。泣かせたい。もっといろんな顔が見たい。
「抱いていいのか?」
こくりと腕のなかで頷く。白くて細い頸も、小さくてかわいい耳たぶも、真っ赤に染まっている。
「ちゃんと言ってくれんじゃねえの?」
「……っ、だ、いて……ください」
無理矢理言わせたようなもんなのに、だからか、非常に下半身にグッときた。羞恥心に顔を真っ赤にして、涙で潤んだ瞳で見上げてくるのがたまらない。
同時に確信する。えろい空気にすれば素直になる、ってやつ。
「さっきの言い方もよかったな」
「え?」
胸を揉みしだこうと指を這わせると、とっくに勃ち上がっていた乳首が早く苛めてと主張してくる。焦らすように離れた肌にキスをすると、待ちきれないように身を捩った。
「えっちしてください、ってやつ」
「あ、あれはっ」
左手で乳首をいじりながら、空いた方の乳首を舌で転がす。様子見で股へ手を伸ばすと、すでに一回オナったようにじゅくじゅくに濡れていた。
恥ずかしがって背ける顔を追いかけて、キスをしながら更に追い討ちをかける。
「もう一回」
「ゃ」
「言葉にしてくれるんだろ?」
「んっ」
「獅子神さんとえっちしたいです、って言ってくんねえと。オレ、自信なくしちまう」
ここまで言えば、心優しいこいつが言わねぇわけがねぇよな。
「……………………し、ししがみ、さんと」
ねだるように腰を浮かせて来たので、割れ目をゆっくりと指でなぞった。吸い付くようにオレの指は飲み込まれて、慣れ親しんだ浅いところを刺激する。
「ひぅ──えっち、したい、です」
言い終わるか否か、身体がぴくんと跳ねる。軽くイったようだった。
「イクくらい恥ずかしかったか?」
「言わっ、ないで……っ」
指の本数を増やして刺激すると、またガクガクと腰を揺らした。
「んっ、ふっ──♡」
「もう挿れてもいいくらい濡れてるな」
ホテルだからか、ナマエは口を手で押さえて声を出さないようにしている。そんな必要がないようにスイートを抑えたんだがな。それでも鼻から抜ける声だけは押さえられなくて、こうしてオレの理性を刺激する。
挿れてもいいか、と問うと、コクコクと首を縦に振る。言ってくれなきゃ分からないと言うと、大丈夫ですから、と泣きそうな声を上げる。
「大丈夫じゃねえときも、大丈夫っつーからなあ」
「んっ、は、ほんとにっ♡ だいじょうぶですからあっ♡♡♡♡」
「本当か?」
「ぅ──はや、く」
「ん?」
「挿れて、くださ──あ゙ッ♡♡♡♡」
前半だけ聞ければ十分だった。出番をいまかいまかと待っていたペニスを半分ほど捩じ込むと、思っていた以上に滑りが良い。きゅうきゅうと締め付けてさらに奥へと誘うようだった。
「本当に大丈夫、だったな」
少しキツいが十分だ。いつもより、格段に早く挿れられるようになっている。ナマエの身体が、オレのために順応しようとしている。
「ふっ、んっ♡」
ナマエは痛みと快楽を逃そうと身体を捩るので、腰を掴んで逃げられないようにする。
「どんどん濡れやすくなるな」
その言葉だけで膣がきゅうとひくついた。
「また締まったな、かわいい。あ、かわいいでも反応すんのかよ。そんなに好き?」
「んっ、ふ──」
こくこくと頷くのを、オレは無視してさらに尋ねる。ゆるゆると腰を動かして、じわじわと膣道を責めながら。
「好き?」
「んっ」
「ここは? 好きか?」
「ん、んっ♡」
「手前を擦られんのと」
「あッ──♡」
「奥をがんがん突かれるの」
「んっ、ふぁっ、んんっ♡♡♡ はぁっ♡」
返事か喘ぎかもわからない声をあげて、ナマエはオレの首に腕を回してきた。
「いままでで一番気持ちよくしてやるから、いいところ全部教えてくれよ」
これも形式的な質問だ。いまさら言われなくとも──というより、きっとナマエよりナマエの身体に詳しくなっているはずだ。無理をさせないように回数を制限するなかで、一回一回を大事にねちっこく抱いてきた成果だ。単なる答え合わせにもならない。それに、何も初回から全て言えというわけでもない。こじ開ける楽しみが増えるだけだ。
ナマエは何かを言いかけるように唇を動かすが、結局恥ずかしくて言えないとばかりに目を瞑って顔を背けた。
ピストン運動をだんだんと早くして絶頂に追い詰める。突き上げられた肺から苦しげな喘ぎ声が溢れるのを無視して、さらにばちゅばちゅと腰振りを強めた。細い身体が、乳房が、がちがちに勃ち上がった乳首が大きく揺れる。あー、興奮する。
「あ゙──、あっ、イッ♡♡♡♡」
膣内がびくびくと痙攣して絶頂を知らせる。
オレは硬度を保ったままのペニスを引き抜くと、ナマエの片足を持ち上げた。弛緩した表情のまま、とろんとした表情でオレを見上げる。正常位しか知らないナマエは、こんなまぐわい方は初めてだろう。
「え、あっ、ふっ──」
松葉崩しなんていう雅な名前がついているが、要するに交差位だ。持ち上げた足を引き寄せながらペニスを深く捩じ込むと、驚いた膣内がきゅうきゅうと締め付けてくる。
「これは?」
「ふっ♡ うぅうううう♡」
返事もできないほどイキ続けているナマエに、オレは尋ねる。
「奥に届いてきもちいだろ」
「ふ、ぅ♡ あっ♡ はっ♡」
身体を捩ったナマエの下腹部が、いつもは見せない曲線と陰影を浮かべて妖艶だ。初めて味わう快感にまだ戸惑っているようで、胸を反らして逃がそうとしている。その格好は胸をいじってくれと言っているようにしか見えない。
空いた手でかりかりと刺激してやると、またイった。乳首がザコいんだよなあ。すぐに果てちまうくせに触られるのが大好きときてる。
「ここ、分かるか? ポルチオ。子宮の入口」
臍から下へと指を滑らせて、子宮口を中からも上からも圧迫する。ナマエはふるふると細い首を横に振った。
「分らねぇわけねぇだろっ」
「ひ、あっ」
「こんだけ中から当たってんだからよ」
「ふぁ♡」
やべぇ、気持ちいい。性欲と独占欲と支配欲が満たされて爆発しちまいそうだ。気をしっかり保ってねぇと、すぐ出しそうになっちまう。もっと反応を観察したかったのに、結局射精するまで腰振りが止まらなかった。
ナマエも何度目か分からない絶頂に達したらしく、胸を大きく上下させて息をしている。体勢的にもキツかったのだろう、髪が汗で肌に張り付いている。こうなっても「やだ」も「だめ」も言わないのが、こいつの悪いところだ。
「大丈夫か?」
「んッ♡ はい……」
問いかけながら太腿を撫でると、びくんと反応した。無理に引っ張り過ぎたんじゃないかと心配していたが、痛くはないようだ。
「っ、しし、がみさん?」
ナマエが不審そうな声を上げたが無視する。オレは鼠蹊部に手を添えて股に顔を近づけた。
「獅子神さんっ? ──あぇ」
クリトリスを舌先で舐めると、ひゃあと声をあげて股を閉じようとする。いまさらもう遅い。より一層、オレの顔を固定するだけだ。
「だめっ、だめ、そんっな、嫌、あっ」
力の全く入らない手でオレの頭を押し返そうとする。そういえば、初めてこいつが本当に嫌がったな。
「言ったろ、いままでで一番気持ちよくさせるって」
「しゃべっ、ぁ、汚いからぁ」
「オレが綺麗に洗ってやったんだぞ?」
こんな風にな、とクリをすりすりと指で擦る。あ、イッた。
「やだ、やだぁ」
見上げれば顔を真っ赤にして涙を流していたので、オレはクンニを切り上げて「分かった、分かった」と宥めすかした。めためたに甘やかす。その方針は変わらない。その上で「して」も「やめて」も言わせる。本当にやめてほしいなら忠犬のように言うことを聞こう。
「気持ちよくなかったか?」
「ちが、違くて……っ、ごめんなさい」
分かってる。気持ち良すぎてビビったんだよな。言葉足らずのナマエの気持ちも、オレの〝目〟は教えてくれる。
謝るその唇をキスで塞ごうとして、触れる寸前で止める。さっきまで舐めてた口でするのは嫌がられるだろうかと考えてしまった。
「き、キス……してくれないんですか?」
驚いた。こんな分かりやすく拗ねてくれんのかよ。返事代わりにキスをすると、いつもより積極的に応えようとしてくれる。オレを求めている。
小せぇ口が、短い舌が、下手くそなキスが、縋りつく柔らかい指が、ぜんぶ愛おしい。
あー、泣かしてえ。どちゅどちゅ突いてひんひん喘がせたい。
「乳首擦り付けて気持ちいいか?」
「──っ」
無意識だったんだろう、キスをしながら胸を押し付けていたことを自覚して、言葉を失っていた。
反論される前に胸許にしゃぶりつく。唾液を口内に溜めたまま、下品に音を立てて吸ってやると声を上げて悦ぶ。唇で根元を咥えたまま舌先で転がすと、刺激に合わせてぴくぴく身体が震える。口が二つないのが悔やまれる。今度オモチャでも買ってやろうか。
「ナマエは乳首好きだもんな」
否定の言葉を引き出すために意地悪な聞き方をしてみると、意外にも驚いた顔をして、すぐに真っ赤になる。「バレた」というより「知らなかった」という顔だ。こんだけ弱いくせに自覚がなかったらしい。
あー、もう、めちゃくちゃにしてやりてえ。
知らない快楽をぜんぶ身体に教え込んで、脳が溶けるほどどろっどろにしたい。
「こっちの方が触りやすい。いいか?」
返事を待つ前にナマエの身体を裏返す。傷痕が薄くなった背中が薄桃色でえろい。移植した肌の境目も。戸惑ったようにちらちらと振り向くその横顔も。小さすぎる肩も。細すぎる手足も。白い太ももも。背骨のラインも。肩甲骨の陰影も。ぜんぶが美味そうで、思わず肌に舌を這わせた。びくっと大きく身震いをする。
胸とシーツの合間に指を捩じ込んで頂を探し、くりくりと捏ねた。今度は小さい震えがぴくぴくと断続的に舌に伝わる。
「んっ♡ ふぅ♡ んんっ♡」
難点を言えば、この体勢だと声を抑えやすいということだ。あと、ナマエの顔が見えねぇのが不満だな。初めての後背位にどんな表情をしているのか見てみたい。
腰を上げるように言うと、素直に言うことを聞くのもいじらしい。丸くて白い尻がバキバキに勃ったペニスに当たった瞬間、ひゃっと身をすくませるのもかわいすぎる。両手で胸をめいっぱい構ってやりながら「怖くないか?」と聞いてみる。
「こわ、くなっ、あっ♡」
呂律は回ってねーし、涎まみれで、それでも懸命にオレの言葉に応えようとする。その反応がオレのペニスを刺激して止まない。
「挿れるぞ」
「ひぅっ、んっ」
挿入は手こずるかと思いきや、スムーズに入ってしまう。顔を突っ伏しながら腰だけを持ち上げて、従順にオレを受け入れて。
──満足しちまう。
ふと、そんなことを思った。
まだオレに誇れるオレになれていないのに。ナマエに何もしてやれてないのに。ナマエが受け入れてくれるから、ナマエより先に幸せに──満足しちまいそうになってる。そんなことを許せるか。
全力で腰を振りたい気持ちを押さえ込んで、ゆっっっくりと出し入れを繰り返す。この向きでの正解を、ナマエの一番良いところを探り当てるまで。
「なんっ、ししが、んっ♡」
「キツくないか?」
「ないっ、ないからぁ、はや、く動いてくださ…っ」
ナマエからそう言われるのは初めてだ。思わずニヤけてしまい、バックで良かったと安堵する。きっと凶悪なニヤケ顔をしているからだ。
「気持ちいい?」
「きもちい、ですっ♡ ひぁっ♡ あっ♡ あぁっ♡♡♡♡」
最初はなかなか口を開こうとしなかったナマエも甘イキを何度か繰り返すうち、自我を蕩したように吐露しはじめた。理性の水門をやっと壊した。
ナマエの好きなところを刺激するたびに「それっ、それすきっ♡♡」と声をあげるのは気分がいい。わざと外してやると、自分からもっともっとと腰を動かしてくるのも
煽情的だ。オレはいつの間にか夢中になって腰を振っていて、気がつけば果てていた。
あー、やっちまった。
スキンの処理をしながら、オレは項垂れる。ナマエは何度も絶頂していたけれど、オレの方が夢中になりすぎて結局ココというところを当てられなかった。
一晩で三回以上スキンを使ったのは今日が初めてだ。しかも正常位しかしてこなかったナマエにとっては身体の負担もキツイだろう。
いまも肩で息をしながらシーツに突っ伏している。
「水飲むか?」
いつもならコクンと頷くのに、今回はそうじゃなかった。ゆるゆると身体を起こすと、未だぼうっと余韻に浸っているような蕩けた顔をしたままオレの腕を引いた。そして言葉をぷつぷつと途切れさせながら、
「ししがみさん、あの……」
「お水はまだ、いいので」
「その」
「もういっかい……とか」
「だめです、か?」
オレは天を仰いだ。
わけもなく世界のすべてに感謝したくなる。
ナマエの中では水イコールセックス終わりの合図になってたんだなぁとか。
乱れた髪がめちゃくちゃえろいとか。
おねだりが何より苦手だった奴がここまで心を開いてくれた感動とか。
いろんな思いが込み上げて無言になっちまった。
そのせいで、いっときの冷静さを取り戻したらしいナマエが「あっ」と気づいたように声を上げる。知恵の実を食べたイヴのように、今更恥じらうようにナイトガウンを掻き寄せて前を隠しながら、申し訳なさそうに身を縮めた。
「す、みません。なんでもないです」
「いや、ちゃんと聞いたぞ」
「……すみません。ごめんなさい。わたし、こんなに自分の性欲がつよいと、思って、なくて……」
言いながらぽろぽろと涙を零しはじめる。
待て待て待て。いま泣くところだったか!?
「す、スケベでごめんなさいっ、獅子神さんを見ると、たまに、すごくえっちな気持ちになっちゃって、きょ、きょうも、だ、抱いてもらえるって、あ、当たり前みたいに思いこんだり……! いつもいやらしい目で見てごめんなさい」
言わせたかった言葉が大放出されている。言葉のなかで「たまに」が「いつも」に変わっている自覚があるのだろうか。
どうやら、オレが散々誘導したのを自分の性欲のせいだと思い込んでいるようだった。
「いやらしい目で見てたのか、オレのこと」
「ごめんなさい……筋肉がえっちだなあ、って、思ってました……」
「筋肉だけ?」
「顔も、声も、指先とか、仕草とか、全部です」
「じゃあ、オレも正直なこと言っていいか?」
コクコクと小さな顎を引いて頷く。
「ど、どんな罵詈雑言でも……!」
「正直週に一回は少ない。できるなら毎日やりてぇくらいだ」
「えっ」
猫みたいに目を丸くして驚くナマエの表情が面白い。が、さらに畳み掛ける。
「毎回一回で終わらすのも、もったいねぇって思ってた」
「えっ」
音の鳴るキーホルダーみてえに同じ声を上げた。
「もっとナマエに触りてえし、顔も見てえし、声も聞きてえ」
「そ、それは……」
言いかけた科白の先を辛抱強く待っていると、赤らんだ顔でなんとか続きの言葉を吐いた。
「獅子神さんと、もっと、えっちしてもいいってことですか?」
その言葉の破壊力に悶えていると、不安になったナマエが「ちがっ、ごめんなさい! そういう意味じゃなくて──」とシーツに包まって身を隠し始める。ヤドカリかよ。おちおち言葉を失うこともできねえ。
「すみません、すみません、こんな、はしたないこと言うつもりじゃなくって」
はしたないと来たか。
持っているボキャブラリーの品格が一段も二段も違う気がする。オレはもっと卑猥な言葉をあんたに言わせたいんだが。
シーツの下で丸まって震えて、かわいそうに。オレに失望されない言葉ばかり探して、かわいそうに。オレにはしたなくさせられて、かわいそうに。ああ、なんなんだ本当に。これまで〝かわいそう〟なんて言葉を安易に吐くやつらが大嫌いだったのによ。
「彼女にえろい目で見られて嫌な彼氏がいるかよ」
もはや大福のようになってしまった塊に向けてそう言うと、もぞもぞと動いた。いま、どっちが頭でどっちが尻だ? 頭を撫でてやりてえけど、安易に触れられなくて困る。
「ほんとうですか?」
お、こっちだ。
声のした方を撫でてやる。
「当たり前だ。つうか、男として見てもらえない方がショックだ」
「それは……そう、かも、です」
散々自分のことを異性として見てもらえるか確認してくるくらいだ。オレの言にも納得がいったのだろう。
「彼女がえっちでも許してくれますか」
「あんた、思い上がるなよ」
びくっ、と大福が震えた。
「オレの方がもっとスケベだ」
口にしてから(ん? オレはいま何つった?)と我に返る。一拍遅れて大福の中身が小さく笑い出した。途端にすげー恥ずかしくなる。
「つーか! 付き合いたてなんだから、もっといちゃつかせろ! おら!」
シーツを無理矢理剥ぎ取って、そのかわいい顔を外気に晒す。
目元はまだ濡れていて、ティッシュを渡すとちんと洟をかんだ。呑気にゴミ箱を目で探しているナマエからゴミを奪ってその辺に投げ捨てる。あした片付ければいい。
「あ、時間」
ベッド脇の時計が深夜〇時を過ぎたところだった。かっこつかねえ。寝ている間にピアスを嵌めておいて、朝起きたときに驚かせたかったんだが。
「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」
あと、と言ってナマエが抱きついてくる。ついさっきまで重ねていた肌が、汗で吸い付くようにまたひっつきあった。柔らかい胸がぽよんと身体の間で柔軟につぶれる。えろい。そんで乳首は固くガン勃ちしてやがる。えろい。いますぐ抱くぞコラ。
「誕生日だけじゃなくて、これまでのことも、いっぱい、ありがとうございます。大好き、です」
そのくせ無垢な乙女のようにはにかみやがって。
薔薇の香りのする髪を撫でて、ベッドに横たわらせた。ナマエの身体に跨ったまま、オレは自分のピアスを外してナマエの耳につける。どこのブランドだったか忘れたが、一番長く身につけたものを選んだ。
「これ、お気に入りのやつじゃ」
「だからだよ」
ナマエの耳たぶを指で揺らした。悪くない。
「似合ってる」
「嬉しい」
涙を誤魔化すように大きく瞬きをした。たっぷり濡れた睫毛がきらきらしてる。こんなんで泣くほど喜ぶから、際限なく貢ぎたくなるんだっつの。
「あの、獅子神さん」
「ん」
「明日も早いと思うんですけど」
「おう」
「も、もう一回、しませんか?」
返事の代わりにオレはキスを落とした。
─5─
なんだかんだで空が白んでくるまでセックスしていたオレたちは、昼近くまで寝ていた。時計を見て開口一番に寝坊を謝罪するナマエに、オレはネタバラシをする。
「実は、予定より一泊多くとってんだ」
ナマエのスケジュールも問題ないのは把握済みだ。きょうは予約のいる予定も入れてないから、ぜんぶ明日にリスケできる。それを説明すると、めちゃくちゃホッとした顔でベッドに倒れ込んだ。
「とりあえず風呂に入ろうと思うんだが、動けるか?」
昨夜──今朝は言葉通り抱き潰してしまったので、相当疲れているだろう。ナマエは調子を確かめるように身体を起き上がらせたが、やはり足腰に来ているようだ。動きがなんかぎくしゃくしているし、「だいじょうぶです」と言う声も枯れている。
濡れタオルと……そうだな、何か軽く胃に入れておくべきだな。フルーツでも持って来るか、とベッドから離れようとしたオレをナマエが引き留める。
「や──、やっぱり大丈夫、じゃない、です。う、動けないので運んで、くれませんか。…………お姫さま、だっこで」
喜んで、と返事がしたいところだったが無理だった。その要望は、もう一度身体を重ねたあとで叶えよう。