#03 獅子神敬一は誘われたい
─1─
ピンチだ。
このオレ、園田が経験したなかで、上位から三番目くらいのピンチ。一番は獅子神さんに負けてオークションに落ちたとき。二番目は獅子神さんに自由になっていいと言い渡されたとき。そして三番目がいま──獅子神さんが、オレが身を隠している目の前でカノジョといちゃつきはじめたとき。
十六時にはカノジョを連れて帰宅するからそれまでに掃除を済ませていろ──というのが、オレが記憶していた獅子神さんの指示だった。
時刻は十四時ちょっと前。獅子神邸の掃除を済ませて帰ろうとしたとき、玄関の鍵が開いた。弾んだ男女の声。顔を確認するまでもなく、片方は獅子神さんの声だ。
(やべっ──まだ二時間もあるのに!?)
オレは土下座部屋(もうその用途では使用されてないが、癖でそう呼んでしまう)に引っ込んで、大きな椅子の後ろに隠れた。
LINEを確認すると、十四時と午後四時を間違えていたことに気づく。やっちまった。玄関から出るには、リビングにいるカノジョさんに見られてしまうだろうし、隙を見て部屋の窓から出ればいいか。そのときのオレはまだ、楽観的だった。
そのままリビングでいちゃついていればいいのに、何を思ったのかふたりはオレが隠れている部屋に入ってきたのだ。
背もたれが大きいとは言え、少し角度をつけて覗き込まれたらすぐにバレる。
「疲れてるか?」
「ば、バレました? 締切が近くて、ちょっと寝不足で……」
そういえば、カノジョ──ナマエさんは作家とか言ってたっけ。
「今日、泊まれるんだよな?」
まるで甘えるような声。あの獅子神敬一のものとは思えない。カノジョの身体をすっぽりと覆い隠すように抱きしめながら、猫のようにすりすりと顔を押し当てている。ナマエさんは体格が小さいから、まるでライオンに懐かれたトイプードルのようだ。
「泊まりたいから、がんばったんですよ」
「じゃあ今日はめちゃくちゃに甘やかしてやる」
「ふふ、獅子神さんはいつもわたしに甘いじゃないですか」
それはそう。
チェアの陰でうんうんと頷く。普段から惚気を聞かされているので、どれだけ甘いかは理解している。だが、こうして雇い主のいちゃいちゃを見るというのは──何とも言えない居心地の悪さを感じる。まあ、バレたら普通に殴られるだろう。殴るくらいで済ませてくれるのが獅子神さんの優しいところだ。
「なあ、いい加減オレんちに住めよ」
「んん──でも、わたし集中しちゃうと、周りのこと見えなくなって……」
「だからだろうが。世話をさせろ」
恋人たちの甘い言葉の合間にちゅちゅとリップ音が混じる。獅子神さんベタ惚れじゃんか。え、ナマエさんと一緒に暮らすなら、オレたちマジで追い出されちまう?
「それに、天堂さんたちが遊びに来づらくなるでしょう?」
「嫌なヤツらのこと思い出させんな」
「仲良しのくせに──きゃっ」
軽い悲鳴と衣擦れの音、そしてオレが隠れているデスクの上に物音。カノジョをデスクの上に持ち上げたんだろう。もしかしてここでおっぱじめる気なのかとヒヤヒヤする。
「他の男のこと考えんな」
うわ、少女漫画みたいな科白。そして洋画みたいなリップ音。
「風呂とベッド、どっちがいい?」
いや、アダルトコミックか?
どちらにせよ、獅子神さんだからサマになる言葉だ。こんな風に迫られたらどんな女だってイチコロだろう。
「ほんと、は、お風呂がいいんです、けど……」
けど? 我慢できないのってか?
スれてないというか、純朴そうな感じだったのに意外にも積極的なタイプみたいだ。こう、肉食系同士のカップルなのだろうか。
「ん? どうした?」
聞き返す声が甘ぇ。アメリカのチョコみたいに甘ぇ。カノジョの返事を待つ間も、呼吸のようにキスをしているのが窓ガラスに反射した影で分かる。
「あの、ですね、引かないで聞いて欲しいんですけど」
「ん?」
「きょ──きょう、え、えええっちな下着を、着て、て……」
「は?」
は?
数秒間の沈黙を挟んで獅子神さんが問う。
「デート中も?」
あ、デート帰りなのか。だったらホテルに泊まってくれば、オレもこんな風に隠れるハメにならず済んだのにな。
「は、はい……」
カノジョの声はいまにも消え入りそうだった。準備万端、抱かれる気120%ってことじゃん。
ゴソゴソと音がして、窓に反射したシルエットが動く。フロントボタンが上から下までついたタイプのワンピースを着ているようで、上から順にちまちまとボタンを外す。獅子神さんは急かすでも手伝うでもなく、その手をじっと見つめていた。
「あ、あんまり見ないでください……」
いや、見るだろ。むしろ見るなって言われたほうがより見たくなるだろ。
しゅる、とワンピースが脱げて落ちる音がする。思わずごくりと生唾を飲み込むオレ。
「おまっ、それ、ずっと着てたのか?」
ちょ、ちょ、ちょ、どんなの着てんだ!? あの獅子神さんが動揺するレベルのえっちな下着を!? ワンピース一枚の下に着て!?
「て、てっきり、またお家デートだと思って」
「何も隠せてないだろ」
何も隠せてないのぉ!?
見たい。ひとりの男として。チラッと見るくらいならバレないか?
ひぅ、と小さく喘ぐ声がして、乗り出しかけた身を引っ込める。
「あっ、待っ」
「乳首丸出しで水族館歩いてたのか?」
丸出しなのォ!?
「ま、丸出しじゃな……っ、んあっ」
「こんなスケスケ意味ないだろ」
じゅぷ、と水音を含んだリップ音が一際大きく部屋に響いた。獅子神さんもおっぱい吸ってんのかな。そりゃあ目の前におっぱいあったら吸うよな、男だもんな。
「ぁ、だめ、んぅ……ッ♡」
「……次はうちで着替えてくれ。無防備すぎる」
「ご、ごめんなさい……でも、獅子神さんに見てほしくて」
殺し文句すぎる。獅子神さんの反応的に、こういうのは初めてだったんだろう。消極的な子が慣れない積極性を出そうとして大胆なことやっちゃったってことか。ああ、うん、えっちすぎる。
「き、傷、治って……身体、きれいになったから……」
「あってもなくても、あんたはきれいだっつってんだろ」
傷がなんのことか分からないが、その言葉のやりとりはえっちさ以上になんというか、愛情深い感じがして、興奮よりも聞き耳を立てていることへの罪悪感が強くなった。いや、オレの股間は相変わらず反応しっぱなしなわけだが。これは男の本能として仕方がない。
「じゃ、これからはセクシーな下着着せ放題ってわけか?」
「ち、ちがっ、こ、今回だけです!」
「あとで一緒に選ぼうな」
「もう着ませんってば!」
あー、カノジョ、絶対またどエロいの着させられるだろうな。しかも一着がオレの月給を軽く越えそうなブランドものとか惜しげもなくプレゼントしそうだ。
カノジョの方は拗ねたようなことを言っていたが、少ししてから「……こういうの、すき、ですか?」と小声で尋ねる。嫌いな男がいるわけがない。
好きだ、と獅子神さんは甘い声で返した。エロい下着がっていうよりは、カノジョのことが好きだって気持ちで言ってる感じがする。すげぇなあ、オレだったら返事も忘れて押し倒して腰振ってる自信がある。
「けど、オレの前だけでな。間違っても他の男には見せねぇからな」
ん? なんか獅子神さんの言葉に圧を感じる。
見せたくねぇからな、じゃなくて、見せねぇからな、と言う言葉が、まるでオレに向けて言ってるみたいで──
「し、獅子神さん以外に見せませんよ!」
「あんたはそのつもりでも、出歯亀はどこにいるかわからねぇからな」
あ、バレてる。
獅子神さんの冷たい視線が、デスクの分厚い天板とチェアを越してオレに突き刺さるのを感じる。いったいいつバレたんだ? 冷や汗と動悸が止まらない。殺される。オレは手を合わせて「早くどっかに行ってください」と祈った。
「……風呂入るか。ふたりで」
「えっ」
オレの祈りはどこかの神に届いたらしい。
「こんなん見せられて離れらんねぇ」
「うぅ……わか、りました……」
「さんきゅ」
オレもわかりました。風呂に入ってるうちに出てけってことっすね。獅子神さんには決して見えないだろうけど、コクコクと頷いた。
─2─
ったく、あのやろ。後でぶん殴ってやる。
窓ガラスに反射して見えた園田に気づいたとき、血の気が引いた。出てけと怒鳴り散らしたくなる気持ちを抑え込んで、なんとかナマエにバレないで済んだ。
あいつがいなきゃ、あのもどかしいストリップをもっとガン見していたし、あのまま押し倒してしまいたかった。せっかく積極的になってくれたのに、声も姿も見せるのが惜しくなってこうして脱衣所に連れ込む羽目になった。
「はあ、……えっろ」
「あ、あんまり見ないでください……」
「見せるために着てんだろ?」
「そうなんですけどぉ……」
脱衣所に着いた途端、ナマエは下着を脱ごうとした。させるわけねえ。ナマエを言いくるめて、上から下までたっぷり目に焼き付けた。恥ずかしそうに身体を隠す両手を退けさせると、レースとシースルーの生地の下で乳首がぴんと立っていた。乳輪まではっきり透けて見える。スカスカの蜘蛛の巣のように乳房を包む部分はほとんど紐で、エロティシズムを際立たせるための飾りにすぎない。
壁に手をつかせ、下着の体を成していないショーツ越しに素股すると、そこはもうローションがいらないほどにぐちょぐちょだった。スケスケの素材が擦れて、クリトリスを刺激するのかぴくぴくと反応する姿が魚みてえだ。
胸を揉みしだくと、ブラが簡単にずれて乳房が露わになる。本当によくもこんな格好で外を出歩いていたもんだ。恐ろしくなる。
洗面所の鏡が、壁に縋り付くナマエをいやらしく映していた。乳首を弄ると身を縮こませて喘いで、快感から逃げようとしてもすぐにオレに抑えられて良いようにされちまう。
「獅子神さん」
ナマエはキスが好きだ。焦ったいようにオレを呼ぶときはたいていキスをねだるときで、顔や首筋にキスしてやると嬉しそうに目を閉じる。意地悪して「なんだ?」と聞き返してちゃんと言わせるのも良い。恥ずかしそうに潤ませた目を逸らして、キスしてください、とか細い声でおねだりするのがたまらない。
治療を終えたばかりの肌は、まだ赤みが残っていた。身体中にあった痛々しい傷は目立たなくなったが、あとは時間をかけて皮膚が再生するのを待つ段階らしい。ナマエはどんどん綺麗になっていく。オレに少しでも釣り合うようにとシェイプアップにも手を出して腰回りと太腿が少し引き締まってきている。
(エロい身体になったなぁ)
ウエストを掴んでするりと撫でると、ひゃあと声をあげた。
「な、なな何……」
「トレーニングの成果が出てると思ってな」
嬉しそうにえへへと笑う顔に不覚にもときめく。この純情そうな顔をぐしゃぐしゃにしたくて、オレはショーツ越しにクリトリスを扱いた。
「んぁっ、あっ♡ そこだめっ」
指先から逃げようと爪先立ちになって腰を引くと、どんどん身体が浮いてくる。オレの片腕に余裕に収まる腰は驚くほど軽くて、抱きしめるたびに(もっとメシを食わせねえと……)とオレに思わせるのだ。
「っふ、獅子神さんっ」
「ん?」
「きょう、いつもとなんかちがう……ッ」
げ。園田のこと勘付かれたか?
どうにか誤魔化そうと、ショーツの隙間から指を挿れてナマエの大好きなGスポットを刺激して意識を逸らさせようとするが、待って待ってと喘ぐ。
「ちゃんと、こうふんしてくれて、うれし、良かった」
「──興奮すんに決まってんだろ」
「に、にあわなっ、かったら、どっ♡ どうしようって♡ こわくてっ♡」
声が上擦って高くなる。緩んだ口から甘い声が漏れ続ける。いい子いい子と褒めたくて堪らない。頭を撫でる代わりに気持ちいいところをすりすりと擦ってやる。
「超似合ってる。えろい。かわいい。オレのために選んでくれたんだよな?」
「っん、そう」
かわいいやつ。
ずっと着けさせていたいが、もう我慢できなかった。ショーツをずり下ろすと、ぬらぬらと光る粘液が長く尾を引いた。その糸が途切れる前にペニスを捩じ込む。熱くて弾力のある膣内がオレを迎え入れて奥へ奥へと誘ってくるようだ。
「そういや、立ちバックは初めてか」
「っ、ん♡」
体勢がきついのか、ほとんど「んっ」としか答えない。ナマエが体験するセックスのすべてはオレが初めてなのだと思うと、支配欲が満たされる気がした。
「これ好きか?」
「んっ♡ ぅ」
「立ちバックでごりごり擦られられんの」
「あっ♡ あぅ、っん♡」
「爪先立ちでがんばってかわいーな」
「ひぅ」
かわいい、と囁くと一際よく締まる。オレにそう言われるのが余程好きらしく、だからオレは耳元でかわいいかわいいと何度も囁くのだ。
ぐぷぐぷぬこぬこと水音と肉がぶつかる音、息切れと喘ぎ声がオレを興奮させる。何度も甘イキしながらその度にオレに中を突かれてかわいそうに。かわいいなほんとに。爪先立ちした膝ががくがくと大きく揺れてきた。
「ひっ、あっ、あ♡ っみ、さ♡ っく、いっ♡ ちゃうっ──」
「オレも」
膣内がびくびくと痙攣を繰り返し、ナマエはバランスを崩す。その身体をぎゅっと抱き留めた。深くイき過ぎたのか、ふーっ、ふーっ、と大きく呼吸をしながら膝を震わせている。汗で髪が張り付いた首筋が赤くなっててえろい。
「しし、がみさ」
ナマエの小さな手がオレの手に重ねられ、もっと触ってくれとねだってくる。
「まだ足りねえ?」
こくんと腕のなかで頷く。
「してほしいこと言えるよな?」
「も、もっと触ってほしい、です……」
「どこを?」
「ぜ、ぜんぶ……」
ちょっと前なら、これで及第点だったんだがな。ぎゅうと抱きしめる力を強めて囁いた。
「ぜんぶじゃ分かんねえって言っただろ。どこを、どんな風に、触ってほしいんだ?」
太腿をきゅっと寄せるのが分かった。オレの言葉だけでこんなにも感じているし、ナマエが好きなとこは知り尽くしてる。けど、ネガティブで自分の欲求を飲み込みがちなナマエに、やりたいことをぜんぶ言わせるようにした。言うまで触ってやらない。以前のこいつでは考えられないようなことを言わせるための──いわば調教だ。
「む、胸を、こりこりって、いじめてほし、です……っ」
「ん」
オレはわざと先端には触れないように乳房を手のひらで包んで揉みしだいた。
「ちがぁ……、ち、」
いじめてほしいとは言えるくせに、乳首を、とは言えないらしい。顔を真っ赤にして俯いて、ぱくぱくと口を動かしているのが鏡越しに見えた。まあ、上出来だ。ここらで許してやろう。
いつも通り、親指と中指で乳首を摘んで人差し指で潰すようにこりこりと刺激する。
「っあ♡ しゅき、ふっ♡ ししがみさんの指っ♡ きもち、い」
「ここだけでいいのか?」
「ひ、ぅ……さ、さっきみたい、に…っ、お、あっ♡」
「何?」
「ぅ」
「欲しいもんは全部言えっていったろ」
「うー」
恥ずかしがって俯いたまま、目に涙をたっぷりと湛えている。腰は既にふりふりと揺れていて、オレのペニスを求めているのは一目瞭然だ。
「笑わねぇし馬鹿にしねぇよ」
「ひ、ぅ…ぐすっ…」
「言えって」
「し、しがみ、さんの……お、…………ちんちん、で、お股擦って、ほし、いです…っ」
「素股の方がいいのか?」
言う通りに濡れそぼってふやふやになりそうな股にペニスを差し込んで前後してやると、意外なほど内腿を締めて壁に縋りついた。乳首は言えねえのにおちんちんは言えるのか。
「あ゙っ♡ これっ♡」
「気持ちいい?」
「きもちい、すきっ♡ んっ♡ へ、へんです、か?」
「変じゃねーよ」
女は外イキの方が達しやすいと聞くし、クリトリスをペニスで擦られるのが好きなんだろう。カリで引っ掛けるように重点的にぐりぐりと刺激してやると、悦んで身体を跳ねさせる。
「んっ♡ ぁっ♡ あッ♡」
嬌声が脱衣所に響く。いつものぼそぼそ喋る声とは似ても似つかぬ下品な声を、より一層乱れさせたくてたまらない。慣れないホテルの方が緊張するらしく、家でセックスする方がナマエは声を我慢しない。順調にタガが外れてきている。
「ひ、ぁッ♡ わた、わたしばっか、り……っ、きもちい、くて、あっ♡♡♡♡ ごめ、なさ……っ♡」
「お前ばっかじゃねえって」
「な、なかッ♡ あぅ、い、挿れてください……っ♡ ししがみさんも……っ、きもちいくなっ、てっ…♡」
「素股はもういいのか?」
「もぉいいっ♡ いれて、ほし、ですっ♡」
どろっどろに熱くなった膣内に再挿入すると、丸ごと飲み込まれそうなほどに締めつけが強い。
ナマエの下腹部に手を添える。オレのペニスを根元まで飲み込んだ腹がぽっこりと盛り上がり、皮膚越しに撫でると、ああここに居るんだなと感慨深くなる。
「お、おしちゃだめぇ」
「こっちの向きでもオレの形覚えといてもらわねぇと」
手のひらでぐりぐりと押すと、より一層膣内が締まってオレのペニスを離そうとしない。ゆっくりと半分ほど引き抜いて浅いところをカリで抉ってやると、気持ちよさそうに声をあげた。
「わかるか? ここ好きだもんな」
「んっ♡ すき、しゅきです」
「獅子神さんのおちんちんでポルチオとんとんしてくださいって言うんだぞ、好きなとこはオレに全部教えろ。な?」
「ぅ、は、いっ♡」
膝がガクガクと揺れて立ったままイキっぱしになってやがる。オレの言葉もほとんど聞いてないようで、ただただ肯定するばかりだ。
倒れ込みそうになる身体を抱きしめて、しばらく放ってしまっていた乳首とクリトリスをこりこりと刺激してやる。耳に口を寄せて、下腹部に手を伸ばして言い聞かせる。
「バックで突かれて気持ちいいな? 子宮がここまで降りてきてるもんな? 乳首もクリトリスもオレに虐められて気持ちいいんだもんな? 身動き取れないくらいオレにぎゅーってされるのが一番好きだもんな?」
「んっ♡ ぅんっ♡ しゅきでしゅ、んあっ♡ あっ♡ あっ♡ あ゙」
ナマエの膝からガクンと力が抜けて床に座り込もうとするのを抱き上げて、そのまま風呂場に運んだ。もう湯はりはとっくに済んでいて、シャワーで軽く洗い流してから浸かることにした。
はー、はー、ふぅうううう、と息をするナマエの姿は妖艶だ。支えていないと倒れそうなほどに脱力している。
強めの水圧で乳首やクリトリスを刺激して、ナマエがオレにバレないように快感に耐えるのを見るのが好き、というのをこいつは気づいていない。滑る愛液を洗い流すふりをして敏感なところをしつこく触っているのも。聖人君子の〝獅子神さん〟は、ただ洗ってやってるだけという体裁なのだ。そしてそれを正面から信じ込んでいる。勝手に感じている自分が悪いと思っている。そういう身体にしたのはオレなのにな。
「足攣ってないか?」
「た、たぶん大丈夫、です…」
先ほどの嬌声と同一人物とは思えないほど小さく、消え入りそうな声で答える。そこそこ広い浴槽のなかで、オレを避けるように縮こまっている。細い腰を抱き寄せて膝に乗せた。気まずいなんて空気は出させねえ。いちゃつくのが当たり前だって顔して背中にキスをした。
「獅子神さん、二重人格だったりします?」
「はあ?」
「す、するときの獅子神さん、ちょっとだけ、意地悪、だから……」
──ちょっとだけかよ。あんだけしといて? 割と調子づいて酷いことも言ってんだぞ。なんかチョロすぎて心配になる反面、まだまだいけるなという前向きな気持ちにもなる。おちんちんを言えるようになったんだから、次はもっと凄いことを言わせよう。
「そりゃ、いつもは優しい優しい獅子神さんを演じてるからな。あんたに嫌われたくねえ」
「き、嫌うわけないです!」
心底驚いたようにギョッとした顔で振り返ったその唇にキスをする。嬉しそうに黙り込みやがって。このまま犯してやろうか。
オレに応えようとどんどん大胆になるくせに、羞恥心は捨てられない。その上、根っからのお人好しで他人を疑うことを知らない。こんな純情ねんねちゃんでよく生きてこれたなと感心するくらいだ。
「わた、わたしの方が、嫌われないか心配です。し、獅子神さん以外の男の人を知らないし……」
後半をもごもごと誤魔化していたが、きっちり聞こえている。それに付け込んで良いように教え込んでいるのだから、アドでしかないんだが。
「お、大人なのに、恥ずかしいですね……何も知らなくて……」
「これから知ってけばいいだろ」
「そう、なんですけど……」
きょうはやけに食い下がってくる。ずっと、何かを言いたくて、切り出せないでいる様子だ。
何だ? 園田のことはバレてねぇっぽいし、虐めるのも本気で嫌がる一歩手前で止めてるし、化けの皮はわざと剥がしてるとこ以外見せてねぇはずだ。
(嫌われるようなことしてねぇよな?)
分かりきったことを自分に問う。そして、そんな問いが浮かぶってことは、オレはいま不安なんだ。オレの都合で穢し続けている女が、ずっとずっと綺麗で純粋なのが。そう──こんなふうに真っ直ぐオレを見つめてくるのが。
不安そうな目で、それでも視線を逸らさずにナマエがオレを見つめる。
「あの、我慢、してませんか?」
「オレが?」
意外そうな声をわざと出す。
「いつもわたしばっかり良くしてもらえて、獅子神さんは、ちゃんと……気持ちいいのかな、って……」
「不安にさせたか?」
首を横に振る。嘘ではないようだ。
「せ、せっくす……の、とき、まで、優しくなくていいんですよ?」
「二重人格疑われるくらい意地悪じゃなかったのかよ?」
少しムッとした表情で「意地悪ですけど」と言ってナマエはぐいと身を寄せる。「もっと獅子神さんの好きにしていいんですよ」
──即落ち二コマみたいにいますぐ後悔させてやろうか。
おっと。また化けの皮が剥がれそうになっちまった。
「だからエロい下着で誘惑してくれたってことか」
「わ、忘れてください…」
たったこれだけの問いに気恥ずかしそうに逃げるのだから、オレの好きになんかしたらそれこそ壊れちまう。
「めちゃくちゃ興奮したのに」
「ほ、ほんとですか?」
見るからに安堵した顔をしやがって。
まじでチョロすぎて腹が立つ。これに懲りてくれないとまたやる可能性がある。念のため灸を据えることにした。逃げられないように両腕を掴んで、身体を視姦するようにじろじろと見ながら捲し立てた。
「スケスケですげー興奮した。オレのこと考えながら、オレが好きそうなエロいの選んだんだろ? なんて検索したんだ? なあ?」
「も、もういいじゃないですか……っ」
オレにじっとりと見つめられただけで、じわじわと乳頭が膨らんで勃ってきている。逃げようと身を捩っても、まるで子どもみたいに弱々しくて話にならない。
「選ぶときも、着るときも、デートの間も、ずーっとオレに抱かれること考えてたんだよな? しかもあんな薄っぺらいワンピース一枚で。スケベだよなあ」
浴槽から出ようとする身体を引き寄せて、ねちねちと耳元で囁く。両手で顔を覆って、すみませんとかもうやめてくださいとか、さらにオレを煽ることを言う。
「ノーブラノーパンで歩いてるようなもんだよな? んな格好で乳首おっ勃ててまんこ濡らしてるとは思わなかったよ」
ナマエは違う違うと首を振る。まあ、そうなってたら流石のオレでも気づく。こいつのことだから、普通に水族館を楽しんですっかり忘れて、家についてから思い出したくらいが妥当だろう。それもそれでどうかと思うが。
膝を立てて股をすりすりしてやると、お湯と肌との間にぬるっとした層ができている。ついさっき、いやというほどきれいに洗ってやったので、オレの言葉で漏れ出た分だ。言葉責めに弱いくせに、オレを煽るのがいけない。真っ赤な顔に涙を浮かべたままオレに抱きついてきたので、よしよしと頭を撫でてやる。
「ほら。虐めてもいいなんて言うからだぞ」
「恥ずかしい……死にたい……やっぱり痴女だって思ったんじゃないですか……ヘンだったんじゃないですか……っ」
「かわいそーに。オレに喜んでほしかっただけだもんな?」
腕のなかでコクコクと頷く。分かってんだよ。真経津に「セクシーな格好が喜ばれる」って言われたのを気してたことくらい。覗き見してたのがバレるから言わねえけど。
「我慢させてるように見えてんなら、オレが未熟なんだよ。あんたがどろどろに快がってイッてんのを見るのが一番興奮すんだからな」
「……へんたい」
「そうだよ。知らなかったのか?」
ふん、と拗ねたようにオレの胸板に顔を埋めるナマエを抱きしめた。これでもう危なっかしい格好はしないだろう。
「でも」とナマエは付け加える。「わたしにしてほしいことがあったら、言ってくださいね」
どこまでお人好しなんだか。しかしそんなナマエに我慢がバレてるようじゃあ、オレもまだまだだ。
「またエロいの着てくれ。今度はうちでな」
「……」
「おねがい」
ナマエは小さく頷いた。
//////////「いつまでえっちな画像見てるんですか」
オレがスマホでずっとショッピングサイトを眺めていると、ナマエが拗ねた顔で覗き込んできた。派手すぎて似合わないと思ったやつも、逆にギャップがあっていいか? と考えてカートに突っ込んでいくと、どんどん増えていっちまう。
「なあ、メイド服も買っていい?」
「着ませんからね」
「ナースとかどうだ?」
「いやです」
「サキュバス」
「変態」
「セーラー服」
「…………獅子神さんが学ラン着てくれるなら」
「マジで?」
スマホから視線を上げると、ぷいと横を向いた顔が恥ずかしそうにこっちを向く。
「……もし、同じ学校だったら、獅子神さんかっこよかっただろうな、って……」
言いながら枕を抱きしめる、その小さな身体を抱きしめてやりたくなった。その発想はいままでになかった。オレは昔の思い出なんて処分しているが、ナマエはどうだろうか。過去に触れられたくないみたいだが、あの施設にいたときのナマエの写真ならもしかしたら。
「学年的にはあんたが一個上か?」
「獅子神さんが後輩? うわぁ……」
「うわぁってなんだよ」
「モテまくってる後輩の獅子神くんを影から見ることしかできない陰キャな高校生の自分が思い浮かんで嫌になりました」
「想像力豊かすぎんだろ」
長文を一息で言い切り、落ち込む。ここまでの自己否定感の大半は環境に依るものだろうが、作家らしい想像力──もとい妄想力がネガティブをブーストさせている一因な気がする。
「あんたが先輩か」
口に出して、ああこれはなかなかいい響きだな、と思った。
「センパイ」
ドキッとした顔でまじまじと見つめ返してくるその表情がかわいくて、スマホを放り投げてにじり寄った。
「な、なんですか、獅子神さん」
「さっきみたいに獅子神くんって言えよ」
聞き逃すものか。いつも敬語にさん付けで、オレをすごい奴と思ってるあんたが漏らした砕けた呼び方を。
「なあ、センパイ」
耳元で囁くと、面白いくらいに顔を赤くするから、こっちまで照れそうになる。
「ま、待ってください! これ、ほんとに恥ずかしいです」
「敬語禁止」
「えっ」
これも広義のイメージプレイってやつなんだろう。制服でやんのもマジでいいかもと思えてきた。なにより、こいつのセーラー服姿が普通に見てぇ。オレはナマエの横髪をわざとらしく触った。初めて会った教会で子供たちに読み聞かせをしてたときの、素朴な二つ結びを思い出しながら。
「センパイ、今日は髪下ろしてんスね」
「〰︎〰︎〰︎〰︎〰︎〰︎ッ」
声にならない悲鳴のようなものを上げている。熱湯を嚥下するように何度か唾を飲み込んだ後、
「……けーいちくんと、会うから、下ろしてきた、の……」
名前呼び。
たどたどしいタメ口。
恥ずかしそうに伏せられたまつ毛。
ぎゅうと枕を抱きしめる細い腕。
白い肌に落ちる黒い髪。
本気で心が十年前にタイムスリップしそうで興奮してきた。
「し、獅子神くん、とね」
言い直すのはダメだろ。
「ふたりっきりのときは名前で呼んでくれるんじゃなかったんすか?」
んな設定なんかねえけど。いま生やした。
「し、あぅ──け、けいいち、くん」
「もっかい」
「敬一、くん」
いい。
良すぎる。
どうしてオレはもっと早く名前で呼ばせなかったんだ? こんなん最高だろうが。
制服も買っちまおう。この際だからセーラーとブレザー両方揃えて、教室モデルのラブホで先輩後輩プレイに興じよう。頼み込めばいい感じの台本書いてくんねぇかな。絵本作家にイメプのエロ原稿書かせるのは背徳感が凄まじすぎる。部活の先輩後輩とか? 委員会が一緒で両片思いとかいいな。幼馴染設定は鉄板だろうか。
「ど、どうしたの?」
あ、脳内プレイに勤しみすぎて黙り込んじまってた。
「ね、ねえ、もう敬語使ってもいいかな?」
ソワソワと居心地悪そうに、でもオレの言うことを守る姿がいじらし過ぎて──もう我慢ができず、その身体を押し倒していた。
このままするの? って顔してやがる。困ってそうで、その下の喜びが透けて見える。かわいい。
「センパイ、枕離してください」
「だ、だめだよ敬一くん」
やべぇ。このまま処女を奪っちまいたい。いや、こいつの処女もらったのはオレなんだが。十代のオレだったら絶対に耐えきれなかった。
キュートアグレッションだったか。可愛すぎていじめたくなるってやつ? 甘やかしてどろどろにしたい気持ちと、ひでぇことして泣かせたい気持ちとがぶつかり合う。
コスプレもしてねぇのにこんなに興奮できるもんなら、実際にお膳立てしたときはさぞかしだろう。
お互いの心臓の音が聞こえそうなほど見つめ合っていたとき、インターホンの音が温まった空気をぶち壊しにしやがった。
舌打ちをしたオレに対して、ハッとした顔で我に帰った顔をしている。
「し、獅子神さん、インターホン……」
あーあ、獅子神さん呼びに戻っちまった。
「続きはまた今度だな」
「今度も何もないですからっ!」
オレの背に怒鳴るその声もかわいいのだから、惚れた弱みというのはひでぇもんだ。まあ、これはオレが自分で作った弱みだが。
甘やかして、甘やかして、嫌と言えるようにしてやった。揶揄えば拗ねるし、意地悪を言えば怒る。そんな当たり前のことをできるようになったあいつが、愛おしい。
出会えたのがいまでよかった。
弱くて貧しくて何もなかったオレじゃなくて、強くて金のあるオレと出会ってくれてよかった。だから助けてやれる。してやりてぇことをしてやれる。
あいつはもう十分にたくさん助けられたと、してもらったことばかりだと言うだろうが、正直舐めるなよと言いたくなる。オレはオレが「重い」男だって自覚があるんだ。してやれることはまだたくさんあるし、してやりてぇことだらけだ。
そう思うと、遠い昔の弱いオレに、少しだけ胸を張れる気がした。