#06 獅子神敬一は育てたい(#1.5)
─1─
獅子神さんと正式にお付き合いをすることになった、数日後の話。獅子神さんに調べてもらった病院で、治療内容の説明を受けた。
傷のひどいところは、太腿や臀部から皮膚を薄く切り取って移植する治療法になった。肌を保護するためのクリームを日に何度か塗り直さないといけないし、日光もできるだけ浴びず、肌の刺激になるような行動は慎むようにとお医者さんから指示があった。
それを隣で聞いていた──当たり前のように診察室についてきた──獅子神さんが、帰りがけに「しばらく俺んちに泊まってくれ」と切り出したのだ。不思議な感じだ。「泊まってくれ」なんて、獅子神さんからお願いするような言い方。
「ひとりじゃ背中に塗るの難いだろ? 仕事道具とか持ってきて、しばらく住んでくれよ。部屋も余ってっし」
「でも、そこまでお世話になるわけには」
「治療が終わるまで俺んちに仮住まいするのと、いますぐお前んち引き払って同棲すんの、どっちがいい?」
「……仮住まいで、お願いします」
そんなこんなで、獅子神邸にご厄介になる運びとなった。
//////////わたしが使わせてもらう部屋──ゲストルームの下見という名目で獅子神邸を訪れた際、ふたりの男性を紹介された。
「紹介しそびれてたから、一応な。こいつらはうちの使用人だ。掃除とか仕事の雑務を頼んでる。うちにいる機会も多いから、覚えておいてくれ」
「あ」
「あ」
あの日会った男性──園田さんが、わたしの顔を見るなり頭を下げた。斧でも振り下ろすような勢いの、見事な直角のお辞儀だ。
「あのときは申し訳ありませんでしたぁー!!」
「え、あ、いや、わた、わたしの方こそ不審者すぎる格好でうろついてしまって……!」
鹿威しのように交互に頭を下げて謝罪し合うわたしたちを、獅子神さんが不審な目で見る。そういえば、あの日は体調不良で誤魔化したので、わたしたちが会っていたことはご存知ないのだ。
「え、えっとですね──」
わたしは誤魔化していた後ろめたさから、しどろもどろになりつつも経緯を話した。園田さんにとって獅子神さんは雇用主かつ上司だから、なるべく責めるような言い方をしたくない。ただひたすらにわたしが不審な挙動だったのだと主張したけれど、みるみる獅子神さんの表情が険しくなる。
「おい。オレはそんな報告受けてないんだが」
「い、いつもの宗教勧誘だと思って……報告するまでもないかと……」
獅子神さんは園田さんに何か言おうとして口を開いた。しかし、すぐに思い直したのか、わたしに深々と頭を下げる。
「オレの不手際だ。不甲斐ねぇ」
「えっ、いえ本当にわたしが怪しすぎたのが悪かったんです! そ、それに、わたしなんかが獅子神さんの彼女なんて、ふつう思わないですよねぇ」
この空気感をどうにかしたくて「あはは」と笑う。わたしのせいで誰かが責められるなんて嫌だった。
「園田さんは、しっかりお仕事してくれただけですよ。ねっ?」
「……おい。ちゃんと礼言っとけ」
「ハイッ! ありがとうございます!!」
獅子神さんが追い払うようにふたりを退勤させて、この広い家にわたしたち二人だけになった。
ああ、これはこれで緊張する。
「ま、マスク取りますね……」
いきなり傷を見せるとびっくりされるので、逐一断るのが癖になっていた。一応、獅子神さんから見えづらい位置に座っているけれど、やはりマスクを取るときはおっかなびっくりしてしまう。素顔は何度も見られているというのに、だ。外すたびに顔色を窺ってしまうわたしを気遣うように、獅子神さんが優しく笑う。
「うちではずっと外しといてくれ」
「っ、はい」
「……なんか遠くねぇか?」
獅子神さんが言うのもごもっとも。わたしは大きくて長いソファの端っこに座り、いまにもお尻が落っこちそうだった。
「その、どうしても、緊張してしまって」
「オレもだ」
そんなわけない。獅子神さんはいつも通り──というか、初めて会ったときから態度に変化が一切ない。いったいどのタイミングで、わたしと付き合ってもいいと思えたんだろう。そんなことを考えていると、獅子神さんがわたしの隣に移動してきた。腰がくっつくほどに近い。どきどきする。
「ん」
獅子神さんが差し出してきた右手に、わたしは考えなしに手を置いた。まるで犬の「お手」みたいだ。
「じゃ、手繋ぐとこからな」
わたしの心臓が一段と大きく鼓動した。
そっかあ、恋人同士だから手も繋いじゃうんだ。小さい頃から異性に縁がなかったので、そんな感動さえ覚えている。もう二回も身体を重ねているのに。意識すると、どんどん心臓の音が高鳴ってしまう。手を繋いだだけでこんなに緊張するなんて、中学生にも笑われてしまうんじゃないだろうか。
獅子神さんの手は大きくて、分厚い。傷痕のところだけは皮膚が硬いけれど、爪も短く切り揃えられたきれいな手だ。
「あの」
恋人繋ぎもしてみていいですか? とつい聞きそうになってしまい、言葉を飲み込む。そういうのは雰囲気でやるものだろう、大人なんだから。
「なんだ?」
「っ、な、なんでも、ないです。あ、そういえば、あの日に渡しそびれた本を持ってきてて──」
この日のおうちデートは、手を繋いでコーヒーを飲みながらお話をして、ルームツアーをしてもらっただけだった。いい大人のおうちデートってこれでいいのかな。
まだ明るいからという理由で車は断ったが、獅子神さんは駅まで送ってくれると言う。駅まではちょっと距離があるので、歩かせるのが逆に申し訳なくなった。
玄関で忘れものはないかと問う声は、本当に面倒見のいい年上みたいで、同い年と思えない。ちょっとくらい積極的な姿勢を見せないとすぐに飽きられてしまうかも──いや、呆れられてしまうかも。そんな不安がわたしの背中をちょんちょんと押す。
「あ、あの、獅子神さん」
「どうした?」
「あの、えっと──」
キスしてほしい。
ぎゅってしてほしい。
駅まで手を繋いで歩きたい。
どれも言えなかった。
断られたらどうしよう。笑われたらどうしよう。ガッカリされたらどうしよう。そんなふうに後ろ向きに、臆病になってしまう。彼氏役から彼氏になったというのに、彼氏役だった頃の方が「彼氏っぽく見せなくちゃ」と思えた分、ここまで怖くなかったのに。
この時間の住宅街は車の往来も少なくて、わたしたちはのんびりと駅に向かった。
歩道を歩いていると向こうから自転車がやってきて、獅子神さんがスッとわたしを抱き寄せて道を開けてくれる。なんてスマートなんだ。(あ、この流れで手を繋げないかな)と、思ったときには指を絡められていた。
やった。うれしい。ラッキー。
このときほど、マスクをつけていて良かったと思ったことはない。にやけている口元を見られずに済むからだ。
獅子神さんの手はすごく大きくて、指も太くて、体温が高かった。その温もりが心地よくて、でも強く握り返したらびっくりさせちゃうかなと不安で、わたしはなるべく力を抜くように努めた。意識してないように、意識して取り繕うなんておかしな話だ。
楽しい時間はあっという間に過ぎていくというけれど、いつもの倍は早く鼓動する心臓のせいか、駅に着くまでがとても長く感じられた。
翌週には旅行鞄に着替えや仕事道具を詰め込んで、獅子神邸での生活がはじまった。
せめてものお礼に家事や雑事を引き受けたいのだけれど、家事は獅子神さんが完璧にやってくれるし、雑事は園田さんたちがサクサクと処理してくれる。本当に至れり尽くせりすぎる。
聖人君子のような(という言い方をすると、渋い顔をするけれど)獅子神さんと過ごす時間が増えたおかげで、わたしはどうにか「ぎゅってしていいですか?」まで言えるようになった。大きな前進だ。
わたしがそう言うと、獅子神さんは「ん」と両手を広げて待ち構えてくれる。その胸に飛び込むのが本当に幸せで、わたしはこんなに恵まれていていいのかなと毎回思ってしまう。
//////////いよいよ明日が手術という夜に、獅子神さんが「きょう、いいか?」と尋ねてきた。さすがのわたしも、この意味がわからないほど子どもじゃない。こくこくと小刻みに頷いて、その日のお風呂は丹念に自分の身体を洗った。
先生から告げられた「なるべく控えること」の中には、長時間の入浴や激しいセックスも含まれていたから、抱き納め──みたいなもの、だろうか。
以前わたしが余計なことを言ったせいか、獅子神さんからの夜のお誘いはこの日までなかった。慣れていないわたしに気を遣ってくれているのが嬉しくもあり、もどかしくもある。獅子神さんから与えられる優しいキスや触れ合いは、恋愛を覚えたてのわたしには刺激的な反面、その先へ進みたくてたまらなかった。口が裂けてもそんなことは言えないけど。
一度目は勢いだった。本当に抱いてもらえるとは思えなくて、心の準備ができていなかった。
二度目も勢いだった。下着だって可愛くなかったし、汗も流せなかった。
三度目の今夜はそうじゃない。初めてだったから。急だったから。慣れてないから。そんなことをいつまでも言い訳にしちゃだめだ。
獅子神さんがお風呂に入っている間も、わたしは髪を乾かしながら《☆彼に喜ばれる夜のテクニック☆》なるサイトなどを巡っていた──のだけれど、内容が高レベル過ぎて参考にならない。本当に夜のカップルはこんな営みをしているのだろうか?
お風呂上がりの獅子神さんが「アイス食う?」と声をかけてくれた。まだ心の準備ができていないわたしにとって、これ以上ない提案だった。
重要なタスクの先送りはわたしの悪癖だ。いつかは向かい合わなきゃと思いつつ、締切直前まで目を逸らしてしまう。
食べます、と言いかけた口を大急ぎで閉じた。何故なら、獅子神さんとお付き合いをはじめてからというもの、わたしの体重は増え続けていたからだ。もしかして太ってきたかな? と自覚しはじめてから更に三キログラム増えている。これ以上はやばい。
「む、麦茶にしておきます」
園田さんたちが週二でせっせと沸かしてくれるミネラルたっぷりの麦茶は、常に大型冷蔵庫で冷えている。
「湯冷めしたか?」
「だ、大丈夫です」
獅子神さんはわたしに麦茶を一杯注いでから、アイスバーを一本取り出して口に咥えた。アイス食べてるだけで絵になるひとだ。わたしは時間をかけるべくゆっくりゆっくり麦茶を飲みながら、横目で盗み見ていた。いつまで経っても、湯上がりのセクシーさに慣れない。直視したら目が潰れそう。
「ナマエ」
急に名前を呼ばれて、わたしは分かりやすく動揺してしまった。びくりと身体を震わせたせいで麦茶が溢れそうになるくらい。慌てて足元に目をやる。高そうな絨毯に溢していなくて、本当によかった。
安堵して顔を上げると、獅子神さんと唇がぶつかった。──ちがう、キスだ。
目を閉じるのも忘れて、冷たい唇の感触にひゃっとする。驚いて中途半端に開いたところから、冷たくてぬるっとした舌が侵入して、口内を軽くなぞってすぐに出て行ってしまう。
「びっくりしたか? 冷たかったろ?」
「う、あっ、わ……」
いたずらっ子のような表情に、気の利いた返しもできない。風呂上がりの熱気が移ってしまったように思うくらい、顔が熱い。何度も言葉を詰まらせたあと「あ、あまかった、です」と舌の上に残ったかすかな後味を飲み込みながら言った。
──いや、何も答えてなくない?
「びっくりしたか?」にも「冷たかったろ?」にも当てはまらない答え。会話のキャッチボールができていなさすぎる。
せっかく獅子神さんが、いろいろ気を遣ってくれているのに。さっきだって麦茶を入れさせたりして。本来ならわたしが率先して飲みものや冷たいものを差し出すべきなのでは? でもわたしはあくまで仮住まいだし。獅子神さんたちが用意してくれたものを勝手に振る舞うのも──
「まーた、なんか考えこんでんのか?」
再度声をかけられてハッとする。
「すみません、わたし、また変なこと言ったなって、気づいて……」
「変なこと? ああ、甘かったって?」
獅子神さんは食べ終わったアイスの棒を口から離して、またわたしに顔を近づけた。今度こそちゃんと目を閉じなきゃ、とわたしは固く瞼をおろす。今度は、いつまで経ってもキスはこなかった。
恐る恐る瞼を開けると、獅子神さんが目の前で笑いを堪えていた。
──勘違いだ。早とちりだ。はずかしい。
また熱が顔に集まるのを感じた。わたしのばか、ばか、ばか。
「キスしていいか?」
そう尋ねてくる声は、楽しそうだ。わたしは言葉も出ずこくこくと頷く。
「もっと甘いキス、していいか?」
ああ、さっき甘かったなんて言ったから。羞恥心に耐えきれず、わたしは俯くように頷いたのだった。
獅子神さんのキスはいつも柔らかくて甘い。触れるだけの口づけを何度か繰り返して、唇を食んだり、舌でなぞったり、優しい刺激がわたしの背筋をぞわぞわさせる。テレビの洋画劇場で目にしたようなディープキスになるまで、時間をかけて段階を踏んでくれる。余裕のある年上の男性って感じだ。同い年なのに。わたしはいつも導かれるまま、施されるまま。
いつの間にか背中はソファの座面にすっかり倒れ込んでいて、なんだかマジックを見せられたような気分になる。獅子神さんの手がわたしの身体をパジャマ越しになぞった。
首筋に落とされた唇は、すっかりアイスの冷たさを失っていて、這わされた舌はとても熱かった。
「下着、つけてないんだな」
「ぁ……っ」
ブラもキャミソールもつけてない。だって、夜のお誘いがあるって言われてたから。そもそも、一人暮らしで寝てるときは横着してナイトブラさえ付けていなかった。仮住まいが決まって買い足したくらいだ。だけど、つけてないから期待してるって思われてる? だめだった? 脱がしてもらうのがセオリーなのかな。
とりあえず謝ろうと、唇が「す」の形を作った瞬間、キスで塞がれた。いまのもキスのおねだりに見えてしまったのだろうか。すみません、って言いたかっただけなのに。
わたしは気の利いた返答も謝ることもできずに流されてしまう。落ち葉が急流に翻弄されるように、わたしは獅子神さんにしてもらうばっかりだ。そしてそれがすごく気持ちいいから、困ってしまう。
「このまましてもいいか?」
一瞬言葉の意味が分からなかった。このまま? このまま、このまま──ソファでするってこと!?
「あ、ぇ、だ、だいじょう──」いつものように言いかけて、気づいてしまう。このソファ、カリモクの良いやつじゃないっけ。
獅子神さんがわたしを見ている。わたしの返事を待っている。頷くべきだ。だって、獅子神さんがしたいって言ってくれているのだから。でも。
「よ、汚しちゃったら、ど、どうしま、しょう……」
羞恥心に耐えきれず、わたしは身を竦ませた。恥ずかしい。でも、いまでさえショーツの中央が濡れて重くなっているのを感じているというのに、これ以上は絶対にパジャマだけじゃなくてソファまで汚しちゃう。シーツならまだしも──あ。
「べっ、ベッドなら汚してもいいって思ってるわけじゃなくてっ、あのっ」
「わかったわかった」
ぎゅうと抱きしめられて、次の瞬間には身体が浮いていた。子どもを抱っこするように抱えられたのだと気づくのに数秒かかった。そして「よっ」と更に身体を持ち上げられ、次の瞬間には俵担ぎになる。
さすが獅子神さんと言うべきか、わたしを抱えてもふらつくことなく寝室まで一直線に歩んでいく。
お姫さま抱っこじゃないんだ、と少し寂しくなった自分が恨めしい。両手が塞がったら寝室のドアを開けられないのは分かりきったこと。いつか、あのときみたいにお姫さま抱っこしてくれる日は来るのだろうか。頼み込めばもちろんやってくれるだろう──でも、それを言い出せない臆病者なのだ。
やさしくベッドに降ろされ、わたしは改めて獅子神さんを見上げた。
「すみません、あの」
「悪い。がっつきすぎだよな、オレ」
お互いの謝罪の言葉がかつんとぶつかり合う。わたしは全力で首を横に振った。獅子神さんでがっつきすぎなら、世界の半分は理性のない野獣だと思う。
「続き、いいか? 優しくする」
わたしは小さく頷いた。
三回目の交わりも、とても優しくて、気持ち良くて、蕩けるような夜だった。
─2─
最初の手術が終わったのを機に、わたしはダイエットを決意した。
手はじめに「きょうの夕飯は要らないです」と獅子神さんに宣言した──ら、ものすごい勢いで心配された。
「食欲ねぇのか? プリンとかゼリーなら食えるか? タンパク質はプロテインからも摂取できるけど、なるべく食事から栄養取った方がいいぞ。サプリメントの過剰摂取は肝臓に負担がかかるからな」
獅子神さんは食事制限でメニューが決まっているのに、毎日わたし用のごはんを作ってくれるのが申し訳なかった。一食の量を少しずつ減らすよりも一日二食にすれば獅子神さんも楽になって一挙両得だと思ったのに。
「手術で体力持ってかれたのかもな。無理して欲しくねえけど、やっぱ少しは胃に入れた方がいい。おかゆとかも無理そうか?」
「あのっ……その、すみません……」
本気で心配してくれる獅子神さんに、ただただ恐縮して謝ることしかできない。
太る原因は獅子神さんの料理が美味しすぎるからだ。そう思ったわたしは、短絡的にも食事制限で減量を叶えようと考えた。とうとうブラジャーまでがきつくなってしまっていたので、手早く痩せなければとの焦りもあった。締めつけや摩擦は治療中の肌によくないと聞いたので、これ幸いと家にいるときはノーブラで過ごしている。けれど、いつまでもこんな生活は続けられない。それにノーブラだと乳首が服に擦れて痛いし。ふつうにブラジャーをつけられるようになりたい。
「その、獅子神さんを見習って野菜中心の生活にしようかなー、と……」
前もって練習していた科白なのに、嘘っぽい。目が泳いでいるのが自分でも分かる。
「あのなー。食事制限なんて素人が急にやるもんじゃねえんだよ」
玄人からの含蓄のあるド正論。
「そもそも、体力がつくように肉と炭水化物中心のメニューにしてんだよ。手術もそうだし、皮膚の再生にも栄養は必要だ。あんたは痩せすぎてんだから、一ヶ月でプラス三キロは覚悟してもらわねえと」
一ヶ月でプラス三キロ? わたしのこの体重の増加傾向は、まさか。
「おい。まさか、太ったからダイエットしようって考えてたのか?」
ぎくり。そんな擬音語が聞こえそうなほど、わたしの肩はわかりやすく跳ねてしまう。
「なるほどな。まー、ちゃんと伝えてなかったオレが悪い」
「そっ、そんな、獅子神さんのせいじゃないです。その、実体験として、下着がキツくなってて」
つい本当のことが口をついて出てしまう。そんなこと言われたって困るだろう。獅子神さんは眉を顰めて「あー……」と頭を掻いた。
「男のオレが言ってもいいか分かんねえけど、たぶんもとからサイズ合ってねえんだよ。あんた、ぜってーCカップじゃねえから」
「えっ、あ、な、ぁ、なんっ、な」
──なんでサイズ合ってないとか分かるんですか!?
──なんでわたしのカップ数を知ってるんですか!?
──獅子神さんレベルになると見ただけで女性のカップ数が分かるんですか!?
いろんな問いが頭のなかで衝突して、口からは不明瞭な声しか出なかった。
「ほら。引かれると思って言わなかったんだよ。あー、でも。ちゃんとした下着屋で測って買った方がいいぞ。合ってないと形が崩れるらしいしな」
獅子神さん、そんなことまで知ってるんだ。しかも、いままで黙っててくれたんだ。適当な下着をつけてたこと、バレてたんだ。恥ずかしくてたまらなくて、わたしは胸を隠すように猫背になって腕を組んだ。
「や──やっぱり、そういうの、彼女さんたちが教えてくれたんですか?」
「やきもち?」
どこか楽しそうに聞き返す獅子神さんに、わたしは「その、いままで学ぶ機会がなくて」と小声で答える。
こういうとき、自分の出自が恥ずかしくなる。
中学生までいた施設ではお下がりのスポブラをつけていて、叔父夫婦に引き取られてからもそうだった。ちゃんとしたブラジャーを買ったことはなく、使えないほどにくたびれたら通販で適当なものを買っていたのだ。ちゃんとした下着の買い方さえ、わたしは知らなかったし学ぼうとしなかった。自分の醜い身体に向き合うのが怖かった。
獅子神さんが付き合ってきた女性たちは、きっとそんなことはなかったのだろう。自分の身体をちゃんと知って、大切にしていたはずだ。こんなみっともないことを獅子神さんに言わせるようなことはしなかったはずだ。
「……悪い。いまのは聞き齧りの一般論だ」
こんな風に獅子神さんを謝らせてしまうのも、大変忍びない。
「ちゃ、ちゃんとしたの、買います……。その、肌がちゃんと、きれいになったら、測ってもらいに行きます。ちゃんとしますから、わたし……」
だから見損なわないでください、とまでは言えなかった。わたしは何度「ちゃんと」と言ったんだろう。ちゃんとしてこなかったツケが、こんな形で回ってくるなんて。
じんわりと目頭が熱くなる。いま泣き出したら獅子神さんのせいみたいになっちゃう。獅子神さんが傷ついちゃう。これはただ、わたしが恥ずかしくて泣いてるだけなのに。
「あーーーー、すまん。本当にオレが悪い。あんたの事情知ってんのに、デリカシーなさすぎた」
「えっ、あ、その、違うんです。恥ずかしくて……そんなこと指摘させてしまって、申し訳ないです。あの、ところで、わたしって何カップなんでしょうか?」
「は!? さすがにわかんねぇよ!?」
「し、獅子神さんレベルになると触っただけで分かるんじゃ……?」
言って両手で胸を触る仕草をしたけれど、下品すぎると思ってすぐさま腕を下ろす。獅子神さんは珍しく顔を赤くして「あんたの服もオレが洗ってんだから、ブラのタグくらい見るだろ! 洗濯表示書いてんだから!」とまるで言い訳でもするように早口で弁明した。
「あ、そ、そっかぁ」
言われてから気づく。わたし、獅子神さんに何もかもさせすぎじゃない?
「良い機会だ。オレが測ってやる。服脱げ」
「じ、自分でやりますから!」
「オーダーメイドのシャツも靴も人に測ってもらうだろ。自分でやると誤差が出るもんだ」
それは単に獅子神さんが利用しているお店の格が高いからでは? と思いつつも、反論ができない。いまここで脱ぎたくない。
獅子神さんはもう服飾用のメジャーを持ち寄ってきて、アルコールシートで表面を綺麗に拭いている。
「ふ、服の上からでも測れる、はずですよね?」
「あんたは服の上からブラつけんのか?」
うぅ、と喉を鳴らす。なにか。なにか言い訳を。
「その、いま見せるのは、恥ずかしくて。治療中だし」
「あんたの背中に毎日薬塗ってんのは誰だ?」
「獅子神さん、でも」
「ほら、ばんざい」
珍しく強引に、わたしの服の裾を掴んで引き上げた。咄嗟にその手を抑えたけれど、たぶん見えてしまった。
乳首に貼った絆創膏を。
「……」
獅子神さんが無言で服の裾をおろす。
そしてまた引き上げる。二度見しないで。
「なんで?」
「こっ、擦れて、痛くて……」
「あー……なるほど」
「は、測るなら、どうぞ」
ええいままよとわたしはスウェットを脱いで腕を広げた。見られたものは仕方ない。は、貼ってるだけだし。裸なんて何回も見られてるんだし。恥ずかしくないから。
「ちょっと待て。念のため方法検索してみる」
もう脱いだのに!
わたしは今更ながら自分の身体を抱きしめるようにして前を隠す。わたしの覚悟が早速無駄になってしまった。しばらくスマホを見つめていた獅子神さんが、ふむと納得してメジャーを構え直した。
柔らかい巻き尺がわたしの肌に触れる。つめたい。ぞわっと鳥肌が立った。絆創膏を貼っていて良かったと思った。誤って乳首が立ってしまったら、ど変態だと思われるところだった。
いちばん高いところにふんわりと巻きついて、「93」と数値を読み上げられる。大きいのか小さいのか分からない。
「アンダーはバストを持ち上げてきつめに測る、だとよ」
そんな格好恥ずかしいけれど、やるしかない。わたしは乳房を両手で抱えた。
「72……71か」
目盛を読み上げる獅子神さんの顔が近くてドキドキする。息が触れる。鼻先が肌にくっつくかと思った瞬間には、再びスマホへ視線を落として何やら表をのぞいていた。
「引くと……22。──ほら、Fカップじゃねえか!」
「えぇ!?」
指折り数える。A、B、C、D、E、F……えふ!?
「窮屈なわけだよなあ」
バストに話しかけるように、獅子神さんは両手で乳房を挟んで言った。獅子神さんともなれば、おっぱいも気遣えるんだ。労わるように優しく触れるのが、逆に変な気分になってしまう。
「そういや、痛ぇんだよな? 保湿クリーム塗ってやるよ」
「え、あ、だ、大丈夫です」
「背中に塗るついでだ。ちょうどいい」
かりっ、と絆創膏の端を爪で引っ掻かれる。敏感なところから離れてるのに、身体がぞわっと粟立ってしまう。どうしよう。どうしよう。乳首、勃ってる。見られていると思うとじんじんと熱を帯びてきちゃって。ぺりぺりと粘着部分が剥がされ、覆うものがなくなって、ふたつの突起がぴんと立って主張している。はずかしい。
「確かにちょっと赤くなってるか?」
すり、と確かめるように親指で優しくなぞられて、思わず声が出そうになった。
「すまん。痛かったか?」
違う。違うんです、これまでの三回を思い出して──感じちゃう。
わたしは獅子神さんに嘘を吐いている。
乳首が擦れて痛いのはほんとう。
でも、そうなった原因はわたしにある。
獅子神さんと一緒に眠らない日は、自分で胸を触って慰めているのだ。獅子神さんがここの気持ちよさを教えてくれたから。ここへご厄介になる前からの習慣になってしまっていた。
「あのさ」
これだけはバレたくない。わたしの恥ずかしいところを次々と知られてしまっているけれど。これだけは。
「またデリカシーねぇこと聞くけど」
気づかないでほしい。言わないでほしい。見損なわないでほしい。
「乳首、自分でいじってんの?」
──だめだった。気づかれた。言われてしまった。見損なわれちゃう。
わたしはどう言い訳すればいいか分からなくて、口をはくはくと開閉させる。
獅子神さんはそんなわたしの悪あがきを気にも留めず、病院で処方された軟膏を指にとる。たっぷりの軟膏が乳頭に塗り込められていく。軟膏が触れた瞬間、その冷たさにひゃっとなる。「逃げるな」と獅子神さんに言われるのでなんとか耐える。すりすり、くりくり、ぐにぐに。意識しないようにすればするほど、刺激は快感に変換され、呼吸は嬌声へと変わっていく。口を手で抑え、背中を丸めていたら、獅子神さんに両手で頬を挟まれて、上を向かされた。
「あー、もう。顔に出過ぎ」
幻滅されただろうか。たかが三回しか経験がないのに欲求不満な色情狂と思われただろうか。恥ずかしくて、気まずくて、怖くて、獅子神さんの顔が見られない。またじわっと目頭が熱くなった。
わたしはいったい、どんな顔をしているんだろう。
─3─
すげーえろい顔しやがって。
上を向かせたナマエは必死で口を抑えながら、大きな目に涙を湛えて顔を真っ赤にしていた。その嗜虐心を刺激する顔がたまらねえ。抱いてやれねえのに。いますぐ抱いてやりてえ。抱きてえ。
変だと思ったんだ。初めての夜に目に焼きつけたこいつの身体。傷跡。そのなかで小さくて控えめに勃つ、豆粒みたいだった薄ピンク色の乳頭が、いつの間にか赤く丸く勃起するようになっていた。絶対自分で弄ってやがる。オナニーを覚えたての中坊みてえに、そこばっか触っているに違いない。
オレがもっと上手に、痛みもなく、淫乱な乳首に育ててやろう。乳首だけじゃなく。こいつの身体をぜんぶ、オレを余すことなく受け止められるように。
「っ、もう、もう大丈夫です、から……っ」
目を潤ませて、上気した顔で懇願する。そんな顔見た上で留まれる男が彼氏でよかったな。
指を離した瞬間、ナマエは服に手を伸ばす。
「待てよ。まだ着るな」
びくりと身体を震わせて、しかしちゃんと静止する。絆創膏を貼らなきゃまた擦れて痛い思いをするだろう。
救急箱の中から大きめの絆創膏を取り出して、貼りつける。小さいのでも乳輪がはみ出てエロかったが、これはこれでマイクロビキニみたいでそそる隠れ方だ。
「オレが毎日付け替えてやるから、あんたは触るなよ」
「でも」
「あ。剥がしたら分かるようにしとくか」
良いことを思いついたオレは、油性ペンを取り出して細字の方のキャップを外す。そしてナマエの両胸──絆創膏の上にKeiichiとサインを入れた。
「これで誤魔化しは効かねえからな」
「し、しません……」
確かにナマエのことだ、触るなと言えば馬鹿正直に約束を守るだろう。自分のものに名前をつけるなんて独占欲丸出しで、自分でも若干引いている。でも、こっちは身体にキスマークをつけるのも遠慮してんだ。これ以上、ナマエの身体に傷痕をつけたくないのはオレの我儘であり、これからも守り続けたい信条だった。
「セックス解禁までの予約ってことで。それまでここは、オレのな」
そう言って軽く唇で触れる。これでどうにか誤魔化されてくれねえかな。付き合いたてだし、こいつは初心者だし、重い束縛男っていうのはまだバレたくねえ。
「……よ、予約なんかしなくても、獅子神さんの、です、よ。し、獅子神さん以外に、触られたこともない、んですから……」
いまそんなこと言う?
オレの独占欲を刺激するようなことを言って。オレの気遣いも知らないで。いますぐ抱きたくなるじゃねえかよ。
「後で覚えてろよ」
つい思ってたことが口から飛び出していた。
ナマエがびくっと身体を震わせたので、怒っているわけじゃないと宥めながら服を着させる。皮膚移植手術は、移植元の皮膚の再生も待たなきゃいけねえから完治には時間がかかる。手術は背中、腹、顔の順で数週間に分けて行うが、その間おあずけを食うなんてまっぴらだ。かと言ってナマエの身体に負担をかけるのは本末転倒すぎる。
オレは仕事部屋に籠り、病院へ電話をかけた。
//////////数日後の夜。オレが風呂から上がってリビングに立ち寄ると、ナマエがソファでうとうとと舟を漕ぎ始めていた。膝の上に開かれた単行本が落ちてしまいそうだった。オレはスピンをページに挟んでから本をテーブルに移動させ、その身体が傾く方に座った。約三分後、ずるずるともたれかかってきたナマエがはっと顔を上げて、オレの肩をを枕扱いしていたことを謝ってきた。
ナマエがマスクを外してうたた寝できるようになったのは僥倖だ。この家がリラックスできる空間になれたことがありがたい。切り出すなら、いま。
「なあ」
オレは精一杯甘い声を出す。誘っているって、鈍いこいつにも分かるように。手を取って指を絡める。風呂上がりのオレの体温を移すように。この熱が伝わるように。
「あんたの肌に負担かけないでする方法、医者に確認したんだ」
「──え」
「したい」
「……」
「嫌か?」
ダメ押しの一言だ。
「お、お風呂入ってきますから……」
「体温上がるとあんまよくねえって」
「このまま、ですか……?」
きょうも一日引きこもっていたのだから、汗もかいていないだろうが、そこは女心というものだろう。戸惑いを見せてはいたが、最終的には頷いた。
じゃあ、とナマエの視線が寝室の扉へ向かうのを、オレの方へと顔を向き直らせた。ナマエのまるい目と目が合う。
「対面座位なら背中が摩擦を受けねぇから良いんじゃねえかって」
「た……?」
わかっていない顔をしている。
きっと、聞いただけじゃ脳内で漢字変換できなかったんだろう。そんなん織り込み済みだ。あらかじめスマホで検索しておいた対面座位の画像を示した。刺激が強すぎないように、簡易的なイラストのものを選んでいる。
「いつもと九十度角度が違うだけだから」
「っ、でも」
「汚さないようにバスタオルも準備してる」
「は、はじめてで……自信が……」
「だめ? 嫌か? 少しでも痛かったら、すぐやめるから」
オレはずるくてせこい。こんな言い方をして断れる女なら、このオレに捕まったりしていない。
ナマエは消え入りそうな声で「がんばります」と囁いた。
ソファにバスタオルを敷いて、その上に腰掛ける。ナマエを膝上に招くと、おっかなびっくり遠慮がちに座った。小せえ。軽くて柔すぎて弱すぎる。太腿がオレの腕より細え。夕方のトレーニングでパンプアップした筋肉と比べると、その差は一目瞭然過ぎて、このか弱い生物に欲情を向けることが後ろめたく、反面、その不健全さにひどく興奮してしまう。
視線の高さはちょうど同じくらいなのに、ナマエが恥ずかしがって顔を背けているせいでちっとも目が合わない。やがて沈黙と手持ち無沙汰に耐えられなくなったのか、覚束ない手つきでブラウスのボタンを外しはじめた。
その手つき、表情、感情を見落とさないように、見逃さないように、オレはじっと観察する。
もっと楽なルームウェアで過ごしてもいいのに、きちんとして見られたいのか、寝巻き以外はブラウスと長めのスカートが多い。ほんの数センチ捲れた裾にさえ興奮してしまうのだから、惚れた弱みは凄まじい。
ボタンをすべて外し終えると、ナマエは困ったようにオレを一瞥した。ここから先どうしたら良いか分からないらしい。その戸惑う様子も観察しておきたかったが、助けてやりたくて身体を引き寄せた。唇を割って迎えに行くと、遠慮がちに舌を差し出してくる。小さくて狭い口内を蹂躙しながら、オレはスカートを捲り上げるように太腿を撫でた。
きのうまでは、ここに大きなガーゼが貼られていた。背中に移植するため、薄皮を剝がされたのだ。ここにも刺激を与えるわけにはいかない。
まだ手付かずの胸の傷が、ブラウスの隙間からちらちらと覗く。さらには、狂人に刺されたこともあるのだから(村雨の腕が良すぎて古傷よりは目立たないが)、この身体はほんとうにたくさんの痛い目を見てきたのだと分からせられてしまう。
優しくしてえ。甘やかしてえ。これから先、何の痛みも苦しみも知らないでほしい。それと同時に、傷つけてしまいたくなる。
「っ、はぁ……、ふぅ……」
そんなことを考えていたら、早速酸欠状態にさせてしまう。オレはマジで手加減がヘタクソだ。
「マジでかわいいな」
心から漏れ出た声に、ナマエは顔を真っ赤にしてオレの胸に突っ伏した。確かにこうすればオレには見えねぇな。えらいえらい。賢いな。
細い肩からブラウスを脱がせ、乳房を優しく揉む。F……Fカップなんだよな。こんなガキみてぇに照れて恥ずかしがるくせに。乳首に絆創膏貼ってんだよな。オレのサイン入りの。まだ三回しか抱いてねぇのに自分で乳首を虐めてやがんだよな。ついこないだまで処女だったくせによ。もやっとした思いとともにペニスが硬くなる。ちんイラというやつだ。
絆創膏越しにかりかりと爪を立てて刺激すると、もどかしいのか、ふっ、ふっ、と短く呼吸をして焦ったい刺激に耐えようとしている。
汗のせいか、それとも軟膏のせいか、絆創膏の下側は剥がれかけて浮いている。それもめちゃくちゃえろい。勃起した乳首に剥がされかけてやんの。
捲れた隙間から指を突っ込んで直接刺激すると「あぁっ♡」と甘い声をあげて身体を跳ねさせた。乳首はしっとりと湿潤で、びんびんに勃っている。往復ビンタをするようにぴんぴんと弾くと「あっ♡ あっ♡」と身体を揺らして善がった。
「痛くねぇか?」
「んっ♡ だい、じょぶです……っ」
「ほんとか?」
追及すると、オレのルームウェアを掴む力が強くなった。
「じゃ、気持ちいい?」
「……っ」
分かりきったことを聞くのも様式美だ。蕩けたように半開きの唇が一生懸命はくはくと動くのを眺めながら、オレは乳首を責める指を止めなかった。弾いたり、摘んだり、側面をすりすりしたり、押し潰したり。そのたびにナマエは愛らしく呻き、喘ぎ、嬌声を上げる。
それでもオレは言わせたい。分かりきっていても。ナマエの口から聞きたい。
「イイだろ?」
「んっ……♡ ふっ♡」
「な?」
「っ、はぁ♡ う、」
「自分でするより気持ちいいよな?」
「あっ♡ んっ♡ は、はい……っ♡ きもちい、で、あっ♡ あ♡ あ♡ あッ♡♡♡♡」
爪を立てて快感を追い詰めるように素早くカリカリしてやると、ナマエは乳首だけで達したようだった。びくっと身体を撥ねさせ、肩で息をする。弛緩した隙にショーツを抜き取ってソファの横に投げた。あっ、と声を上げたナマエの尻を掴んで持ち上げる。ナマエがソファに手を突いているとは言え、片手で持ち上げられるくらいに尻もちっっっっせえ。
「オレの上に跨がれるか?」
「っ」
ナマエは余韻で頭をくらくらさせたまま、腰を浮かせた状態から動けないでいる。オレは下着ごとスウェットを太腿までずり下ろした。勢いよく聳り立つペニスを見て現実を受け入れてほしいが、ナマエは明後日の方向に顔を向けて現実逃避している。
「……ちゃ……」
ネズミの鳴き声みたいにか細い声でナマエが言った。
「ズボン、よごれ、ちゃう……」
そういうことか。
オレは一旦ナマエをバスタオルの上に座らせると、上も下も脱いで全裸になった。ナマエがすっと顔を背けつつも、横目でオレをガン見してくる。ああ、見ろよ。オレの身体に恥ずかしい場所なんて一個もねえ。
再び腰をおろし、来いとばかりに腕を開く。ナマエは観念して足を開き、オレの膝の上に跨った。
くちゃ、とたっぷり湿った水音が部屋に響く。良い気分だ。
「胸だけでずいぶん濡れたな」
「っ、すみませ──んんっ♡」
科白を取り上げるように、オレは膝を立てて割れ目に擦り付けた。ぬちゃ、くちゃ、ちゃぷっ、と大きく水音を立て、オレの足を愛液で汚す。
浮き上がる腰を腕で抑えつける。上からも下からも圧迫されて、ナマエは逃げ場もなくあんあんと喘いだ。
「謝るなよ。感じてくれてうれしーのによ」
「ひっ♡ あっ♡ あ、んぅ♡」
ああ、スカートを捲りたい。糸引く恥部を晒したい。あんたの身体はこんなに喜んでいるぞと見せつけたい。
右手をスカートの中に突っ込んで、割れ目をなぞる。しとどに濡れた蜜壺は、指の一本は余裕で飲み込んだ。二本目はやや窮屈で、Gスポットを刺激しようとすると腰を引いて逃げそうになる。
よもや背中から落ちそうになるので、オレは左手でナマエを捉えながら、右手で中を優しく解す。
跨っているせいで足に変に力が入っている。力を抜けと言っても逆に緊張してしまうだろうから、オレは「キスして」とおねだりをしてこっちに集中してもらうことにした。
長いスカートの中に手を突っ込んで、見えないところをぢゅぶぢゅぶと責め立てるのは、なんだか痴漢しているような背徳感でいっぱいになる。
上へ上へと逃げようとするナマエを押さえつけて、何度も甘イキさせた。顔はとろっとろに蕩けているが、やはり挿入は難しそうだ。
「一瞬だけ、ごめんな」
オレはナマエの身体を抱き上げて、ローテーブルの上に寝かせた。
摩擦を与えないために、その行為は一瞬。ナマエの力が抜けたのを見計らって先っぽを飲み込ませ、抱きしめたままその身体を引き上げて対面座位の姿勢に戻る。
「ふーっ……」
うまく行ってよかった。オレは安堵のため息を吐いた。ちらっとナマエの表情を窺うと、何が起こったか分からないと言う顔で目を白黒させていた。
「へっ……? ふぇ……?」
「も少し挿れてくぞ。痛かったら言えよ」
背中には触れないよう、腰を掴んでペニスを更に奥へ挿入した。薄い腹越しに、ぽっこりとオレが主張している。
「はいっ……たぁ♡」
大仕事を終えたようにナマエが声をあげる。めっちゃかわいい声をあげてもらったところで申し訳ないが、まだ全部は入っていない。ついこの間まで処女だったこいつは慣れてねえし、そもそもオレのペニスが他人よりでかいこともあって、これまでは根元まで挿入したことがなかったのだ。
「あー、まだいけるか?」
「っ、あぇ?」
「ちんこ全部挿れてみてぇ」
「──?」
ナマエは(ぜんぶ? ぜんぶってなにを?)という顔で、ぼんやりとオレと見つめ合った。
─4─
──ぜんぶ? ぜんぶってなにを? ちんちん? え?
「え」
何かが分かろうとした瞬間、わたしはそれを身体で理解した。ずんっ♡とお腹に深く杭打たれる感覚。身体の芯を震わせる快感。背骨がびりびりと感電するようだった。
おっきい。
ふかい。
奥に届いちゃう。届いてる。だめなとこに入ってる♡♡♡♡
「あ゙ッ♡♡♡♡」
「あー、気持ちい」
まるで温泉に入ったときに思わず漏れ出るような感嘆の声。獅子神さんのこんな声、初めて聞いた。
「びくびくしてんな。根本締め付けられんのめっちゃいいわ」
「あっ♡ ふぅ……っ♡」
「息できてるか?」
「はっ……♡ はっ……♡ はぁ……っ♡」
わたしは息をするのが精一杯で、返事なんてとてもできなかった。脱力した身体が後ろに倒れそうになるのを、獅子神さんが腕と──おちんちんで支えてくれる。
「大丈夫そうだな。先っぽが子宮口こじ開けてんの分かるか? あんたちっせーから、ここまで届いちゃってんだよ」
ぐっ♡ とお腹を押されただけで頭がへんになりゅ。
「お゙なかッ♡ つぶれちゃ、あ゙っ♡」
「ちゃんと慣らすから、一緒にがんばろうな」
ゆっくりとぬちぬちと身体を前後に揺すられる。
「ほら、とんっ、とんっ」
「ひぁ、あふっ、はっ♡」
「上手、上手っ……」
かぷっ、と獅子神さんが胸に噛みついた。と言っても、唇だけで食むような甘噛みだ。れろっと乳首を舐め上げられて、わたしは深く、深く、身体が裂けてしまうんじゃないかと思うくらい──イッてしまった。
「うわ、すげーうねってる」
びくびくびくっ♡ と膣内が何度も痙攣するのを止められない。イッているのに、イッたのに、挿れたままイキ続けてる。きもちいいのがずーっと続いてる。絶頂から降りられない。
「そんなに善かったんだな。もっと早く全ハメしときゃよかったぜ」
そんなことを言いながら、獅子神さんはまたゆるゆると腰を動かしはじめた。待って……ッ♡ まだ降りてこれないのに……ッ♡♡♡♡
縋るように伸ばした手を、どう思ったのか恋人繋ぎのように指をからめた。腕を鎖のようにして、ゆらゆらぬぷぬぷと身体を揺さぶられる。
思い出しちゃう。ここで手繋の練習をしたことを。恋人繋ぎをしたくても言い出せなかったことを。
身体がふらふら前後に揺れる。獅子神さんの唾液で濡れたおっぱいがひんやりして、乳首が寂しい。切ない。ぎゅって抱きしめてほしい。
「っぱ、危なっかしいな」
わたしの思いが通じたのか、獅子神さんは腰と肩を掴む形に戻してくれた。ほっとして思わずへにゃりと笑ってしまう。
「オレ〝専用〟の乳首も可愛がってやるからな」
「いっ♡ あっ、あ♡ あ♡ あ♡」
ぢゅう、と寂しかった乳首を吸われて、わたしはだらしなく声をあげてしまった。
「……なんかもっと敏感になってねーか? こっちに来てから、自分で弄ったりしたか?」
「してなっ♡ な、な゙いッ♡♡♡♡」
「知ってる。乳首オナニー我慢したご褒美やらないとな」
「んんーッ♡ は、はっ♡ あっ♡ あ、あ、あ」
「こらこら。ぎゅーはだめだって。こすこすすんのはここだけな」
「あッ♡ あ、んっ♡ ん♡ んぅっ♡」
ぎゅーしたい。太くてたくましい腕に抱きしめられたい。その腕に苦しいほど抱きしめられるのが好き。すき、すき、だいすき。
「っみ、さっ♡♡ あぅ♡ ぎゅって♡ してっ、くださっ♡♡♡♡ あ゙っ♡」
「だめだって。治ったら、な」
「だっ、じょぶっ♡♡ だからぁ♡♡♡♡ ぎゅ、してっ♡ くださッ♡♡♡♡」
「っ、痛くなる前に言えよ」
ぎゅっと抱き寄せられてぐいと杭打つ深度が増す。やがてピストン運動は早く小刻みになっていって、わたしを再び絶頂へと追い立てる。
「ひっ♡♡♡♡ あ、アッ──♡♡♡♡♡」
深いオーガズムを感じている間、獅子神さんが一層抱く力を強めた。まるでわたしの身体を自分へ叩きつけるように、押し込むように、ぎゅう、と押さえつける。ああ、きっと、獅子神さんもやっと達せたんだろう。いままさに、コンドーム越しに獅子神さんの精子がびゅるびゅると放たれているに違いない。
「し、がみ……さん、ごめ、な、さ……」
酸欠でふらふらになりながら、涎の垂れる口を一生懸命に開く。
「わた、しの、からだ……っ、はぁ、ちっちゃくて……きもちく、できらくて……っ、ごめんらさい、ちゃんと、がんばり、ますからぁ、……」
獅子神さんが何て返答したのかまで聞き取ることができなかった。一気に手足が弛緩して、雪だるまが溶けるように身体が崩れ落ちる。わたしの意識はふつりと途切れた。
//////////翌日、目が覚めたときには正午を過ぎていた。長時間寝過ぎていたせいか、身を捩ると身体がばきばきと音を立てる。
広いベッドの上に獅子神さんの姿はなくて、体温もひとり分だけ。当たり前のことなのに、酷く寂しい気分になる。
獅子神さんのTシャツを一枚着せられているだけなのが心許なくて、わたしはパンツを求めて自室──与えられたゲストルームに向かおうとした。獅子神さんの寝室にも下着やパジャマ一式置いてもらおうかな。でも、「こいつ期待してるな」って思われるだろうか。それともただの横着者に思われるかな。獅子神さんのぶかぶかの服を着る口実がなくなってしまうのも、少し惜しい気がする。
そーっと寝室のドアを開けてリビングを覗く。よかった、誰もいない。しばらく耳を澄ませても何の気配はないので、園田さんたちもいないみたいだ。
自室へ向かう前に、どうにもソファが気になったので足を止めた。バスタオルを敷いてくれていたけれど、本当に汚してないか不安だった。きのう獅子神さんが腰掛けていたあたりの座面に顔を寄せてすんすんと匂いを嗅いだ。
「おい、大丈夫か?」
背後から急に声をかけられ、わたしは素っ頓狂な声を上げた。歯ブラシを咥えた獅子神さんが洗面所から駆け寄ってくる。ああ、お昼ごはん食べてたんだ。
「具合悪いか? とりあえず横に」
あ、また体調が悪いと誤解している。決して貧血で座り込んだとかじゃなくて、情事の名残りがないか気になってしまっただけで。
「ちが、ちがうんです、ちょっと確認したくてっ」
「確認?」
怪訝そうな表情で首を傾げる。なんて言えばいいんだろう。恥ずかしくない言葉を選んでいると、口を開くのにだいぶ時間がかかってしまった。
「か、片付け、大丈夫……でしたか?」
恐る恐る尋ねると、なんだそんなことかと大きなため息を吐かれた。獅子神さんちの家具なんて、うちの家賃の何ヶ月分か分からないのだから心配して当然なのに。
「その、いつも獅子神さんにばかり……すみません」
身体を縮こませて謝ることしかできない。行為後の処理もそうだけれど、わたしはきのう知ってしまった。獅子神さんの──が、いままでぜんぶ入っていなかったことを。三回も手加減して抱いてくれていたことを。男のひとって、全部入れなくても気持ちよいのかな。
ああ、恥ずかしい。わたしが満足しているからって、獅子神さんがそうとは限らないだろうに。情けない。手加減してもらってばかりで、導いてもらってばかりで、人間として無知蒙昧すぎる。
「何しょげてんだよ、謝るのオレの方だろ。肩、大丈夫か?」
「肩?」
何かあったっけ、とシャツの襟口を摘んで自分の左肩を見る。そこには、鬱血して黒ずんだ人の手形が残っていた。特に親指の形がくっきりと残っている。怪談でよく語られる、悪霊から命からがら逃げてきたひとの後日談では?
「すまねえ。わりい。申し開きのしようがねえ」
巨大な獅子神さんがしゅんと萎んで見える。なんだろう、イタズラを見つかって飼い主に叱られている大型犬のような。しょぼんと垂れた耳と尻尾が見えるようだった。「気が済むまで殴ってくれ」と言って頭を差し出してくる始末だ。
「な、殴りませんよ!?」
「あー、そうだな。あんたの手を痛めちまう」
「そう言うことじゃなくて……不可抗力? なので、気にしないでください」
むしろ謝りたいのはこちらの方なのだ。でも、これからはわたしのことを気にせずめちゃくちゃにしてください、なんて、言葉をどう置換したところで言えそうにもない。
「あの、着替えてきます。通販がきょう自宅に届く予定なので……取りに行かないと」
「あ゙!? ノーブラで出かけるつもりか!?」
「さ、さすがにつけますよぉ……その、新しく買ったブラ、届くので……そしたら捨てるので……」
恥ずかしくて段々と声が小さくなっていってしまう。ふと思い立って再び襟ぐりを広げて覗いて見ると、ちゃんと絆創膏が貼り直されてサインも新しくなっている。
「そこ、セックスするまでってことだったけど……こっから先も、無期限に予約させてくれ」
後ろめたそうな、照れくさそうな言い方に、こっちの体温が上がってしまう。まだ一緒にいて良いと言ってくれているようで、嬉しかった。
「あー、つか。通販すっときもウチの住所にしとけよ。LINEのノートに貼っとくから」
「は、はい……」
「やっぱ体調悪くねえか?」
獅子神さんの大きな手が、わたしのおでこに触れる。わたしの頭を片手で掴めそうな、広い手のひら。優しくて温かい。
こんなに優しいひとなら、こんなわたしでもぜんぶ許してくれるんじゃないかって、そんな図々しいことを考えてしまう。
「……ぎゅって、しても、いいですか?」
そう問うとき、いつも少しだけ怖い。きのう機嫌がよかったひとが、きょうもそうだと限らないからだ。なんの前触れもなく、突沸のように怪物に変貌するかもしれない。父がそうだったからというだけで引きずり続けていたこの偏見にも、ちゃんとお別れをしなくちゃいけない。
「ん」
広げられた腕はとても長くて太くて広い。わたしをペシャッと潰せそうなくらいなのに、ちゃんと力加減をしてくれる。きょうはいつもよりも、ずっと優しい気がした。青痣を残してしまったからだろうか。
気にしないで。もっとぎゅーってして。そんなことを言いたいのに言えない。だからわたしは精一杯抱きしめ返す。このくらい力強く抱きしめていいんですよ、と伝えたくて。
「メシ、食えそうか? 一応朝食は残してんだけど」
でも獅子神さんの力は已然優しいまま、ふんわりとわたしを抱きしめたままだ。
「食べます」
「寝起きだし、無理しなくていいからな」
「ちゃ、ちゃんと残さず食べて、大きくなりますから」
ああ、違う違う。そういうことが言いたいんじゃなくて。
「その、し、獅子神さんをっ、獅子神さんがっ、ま、満足できるくらい、た、食べて運動してっ、強くなりますから……、あの、ええと……その、今後の成長に、ご期待ください」
ふっ、と鼻で笑う声が聞こえた。あー! もう。いつもこうだ。自分の気持ちを伝えようと思うと、めちゃくちゃになってしまう。
「悪い、違ぇんだ。バカにしたとかじゃなくて」
ぎゅう、と抱きしめる力を強めて、獅子神さんが言う。
「付きっきりで育ててやるよ。運動のメニューも考えてやる。一緒に成長しような」
その声が優しくて、温かくて、甘くわたしの身体に沁み渡る。いつか、獅子神さんも同じ気持ちにさせてあげたい。こんなに幸せな気持ちを、彼にもあげたい。そう思った。