獅子神敬一は育てたい(#2.5)

 あんな風に誕生日を祝われたのは初めてだった。
 あんな風に特別扱いされて、大事にされて、ワガママを言ったのは初めてだった。

 獅子神さんがくれるものはなんだって嬉しいけれど、人間に嬉しさメーターがあるのならば一瞬で振り切って壊れてしまうくらい、嬉しかった。わたしの初めてをひとつひとつ丁寧に、手を取って導くように経験させてくれる。そんな獅子神さんと同じことはできないだろうけれど、せめて少しでもわたしの感謝を返せたらいいな。そういう、いかにも子どもっぽい感想を抱き、以来わたしは一週間ずっと考え続けれていた。それ以上に反省点もあった。誰かとお付き合いするのならば、自分の意思はちゃんと伝えなければいけないと学んだ。それが大事な相手ならばなおさら、言葉にしなければ。獅子神さんがだいすきなことを知ってもらわなければ。

 だから、わたしは、
「獅子神さん、いまから、わたしと、え、え、えっちしましょう──!」
 そんなことを口走ってしまったのだ。

//////////

 ナマエの誕生日から一週間後。真経津たちに「きょうは家デートだから邪魔すんなよ。絶対だからな」と釘を刺し、雑用係たちも追い払った。そうやってて心底よかったと反芻する。

 まさか、玄関に入って一歩目で「獅子神さん、いまから、わたしと、え、え、えっちしましょう──!」と叫ばれるとは思わなかった。オレもまだまだ甘い。

「落ち着け」
 これは、ほとんどオレ自身に言い聞かせた言葉だった。

「すみ、すみません。急でしたよね、あの、えっと」
 ナマエは興奮冷めやらぬ様子で、わたわたと言葉を続けた。

「わたっ、──あ、き、キスしてください! ぎゅーもしたいです、し、してください」
 いまだかつて、女からこんな威勢の良い──しかしガタガタに吃った──誘惑をもらったのは初めてだ。ハグを求める腕は緊張のせいか、すしざんまいのCMのようにぴんと伸ばされている。

「じゃあ、まずはハグだな」
 小さな背中に腕を回す流れで、いまさらながら内鍵を掛ける。お互い靴を履いたまま、こうやって抱きしめ合うのはいつぶりだろうか。ナマエの卑屈な誤解を解き、理解らせるためにどうしてくれようかと頭を回転させたあの日。ほんの数ヶ月前のできごとなのに、もうずっと昔のことのように思う。──そして、いまも同じように脳内回路をぶん回してる。ほんと、何考えてるんだあんたは。

「んじゃ、キスする?」
 少し腕の力を緩めて問うも、ナマエはオレの胸から顔を上げない。どうやら時間差で照れがやってきたらしい。あんな前のめりな誘い文句をあげといて正気に戻るな正気に。

「しねーの?」
「しま、します。しますけど、もう、ちょっと……」
 もはや聞き馴染んだ歯切れの悪い返答。
 オレはちゃんと待ってやる。急かさず、促さず、じっと。
 これでもかという沈黙を経て、ようやくナマエが顔を上げて「あの、誕生日、ありがとうございました」と口火を切った。
 もう既に、何度も何度もしつこいほどに繰り返し言われた言葉だ。

「すごく、嬉しくて。しっ、獅子神さんのかの、彼女になれて本当によかったなって、いえ、あの、すごくお金をかけてくれたことじゃなくて、気持ちとか行動とか言葉とかもう全部がぜんぶ」
 もどかしい言い訳のような言葉をだらだらと並べたあと、
「こ、これからは、ちゃんと、口に出して伝えます、ので」
「だから『セックスしましょう』って?」
 気まずそうに俯くので、真っ赤な頬を両手で挟んで上を向かせる。キスを落とすが、やわらかい唇はぎゅうと固く結ばれている。
「ぎゅーとキス、次は?」
 恥ずかしさで潤んだ眼球に、オレの意地悪な顔が映る。視線がおろおろと泳ぎ、湿った睫毛が瞬きを繰り返した。
「………………え、えっちしたいです。しま……せんか」
「する」
 オレは再びキスをした。今度はたっぷりと深くて長いやつを。
 そのまますぐにベッドインとはいかなかった。長時間のキスに疲れたナマエが、空気を読まずに「先にシャワー浴びたいです」と言い出したからだ。
 ……まあ、「言いたいことを言えるようにする」というオレの目標は順調に叶っているようで何よりだ(ということにする)。

 軽く汗を流してくるだけだと思ったら、しっかりと髪も洗ってくるのがナマエらしいところだ。脱衣所からドライヤーの風音がしたので、代わって丁寧に乾かしてやる。枝毛が目立つ部分は切ってやり、オイルトリートメントも欠かさない。
 すっかりリラックスモードの作家先生に問いたい、ムードって言葉の意味知ってるかと。

「お待たせしましたぁ。獅子神さん、お風呂どうぞ」
 朗らかに言うナマエを、オレは無言で抱き上げた。もちろんお姫さま抱っこだ。するのはあの誕生日以来、二回目だ。
「えぁっ!? まっ──まだ、い、言ってないのに」
「言われなくったって、いつでもやるよ」
 そう言ってずんずんと寝室へ向かう。扉は開けておいた。ベッドメイキングもばっちりだ。こちとらお姫さまの長風呂待ちだったんでな。
 抱き上げるときこそ強引だったが、ベッドに下ろすときは、そうっと優しく。溢れそうなクリームソーダを提供するように。

「ハグ」
 人差し指を立てる。

「キス」
 中指を立てる。

「お姫さま抱っこ」
 薬指を立て、ナマエの顔を覗き込む。

「お次はどうなさいます?」
 長年仕えた執事のように慇懃に尋ねると、

「お、お風呂どうぞ……?」
 と天然な回答が返ってくる。まだわからねぇのか。

「待ちきれねーって言ってんだよ。ほら、ちゃんと口に出すんだろ?」
 手のひらをくいくいと振ってせがむと、恥ずかしそうに目を逸らす。ルームウェアの袖をぎゅうと掴んで迷っている姿がいじらしくて、なおさら「言うまで絶対許してやんねぇ」と思った。

「ま、また言うんですか」
「あたりめーだ」
「え、えっと」
 唇を震わせている、その姿が愛おしい。いますぐ抱きしめて押し倒してあんあん喘がせたいくらいに可愛い。

「オレはいますぐあんたを抱きたい」
「う」
「あんたは?」
「し、したいです……」
「何を?」
「……」
「何を?」
「…………」
「なぁ。なにを?」
「……、…………え、えっち、したいです……」
 勃起した。既に完勃ちだった。

「もう許してほしい」という空気を許さず、自らの口で「抱いてほしい」と言わせることが、こんなに気持ち良いとは思いもしなかった。

 湧き上がる獰猛な欲を抑え込んでいると、ナマエが不安そうに見上げてきた。「まだ足りないのではないか」と思ったらしい。心細そうに、しどろもどろに、試験の部分点を狙う小賢しい学生のように、言葉を継ぎ足していく。

「し、獅子神さんとえっちが、したいです」
「……」
「え、えっちしません、か」
「……」
「……えっち、しま、しょう?」
 くい、とオレの服の裾を掴んで。ぷるぷると震えている。心臓がギュッと押しつぶされそうだ。

「よく言えました」
 ああ、やっぱりオレは善人なんかじゃねぇ。
 弱いやつを組み敷いて、虐めて、支配して、自分に価値があるんじゃないかと安堵する心地よさを忘れられない。
 何がナマエが言いたいことを言えるようにする、だ。本当は言わせたいことを言わせているだけだろうが。
 この安堵には中毒性がある。
 だから、オレはこの安堵を、安寧を、安心を、飼い慣らして調伏しなきゃならねえ。そうしねえと、ナマエをめちゃくちゃにしちまう。

「っ、あの、獅子神さんも言ってください……っ」
「は?」
「その、わたし、は、はじめてのお付き合いのため不慣れな点が多くご迷惑をおかけしていると存じ上げているのですがっ」
「お、おう」
「わた、わたしにも、獅子神さんのしたいことも、すきなことも、ぜんぶ教えてください」
 その一生懸命な瞳から目が離せなくて。ようやく本当に言いたいことを言い終えたという表情が心から愛おしくて。抱きしめられたい、と思った。

「あ、あの、もちろん嫌なことも言ってくださいね。その、わたしは獅子神さんみたいにいろんなことはできないけど、その、あの、が、がんばりますので!」
 そう言って小さな握りこぶしを作る。
 ナマエが伝えたい本題はこっちだったのかと、いまさらながら合点がいく。オレがナマエの望みを叶えたように、ナマエもオレの望みを叶えたいらしい。知りたいらしい。王子さまだと、聖人君子だと信じて止まないオレに、どんな後ろ暗い慾求があるとも知らずに。

「……クンニがしてぇんだけど」
 ああ、頭に「?」を浮かべてやがる。クンニリングスを知らねえ成人がいるのかよ。国で保護しろ。天然記念物だ。
「まんこ舐めるやつ」
「……っ!」
 面白いくらいに顔色が変わり、一拍遅れて勢いよく身を引いた。
 あの日、スイートルームでやられかけたのを思い出したんだろう。信じられないものを見るように二度見三度見を繰り返す。オレは視線を逸らさず、じっと見つめ返した。オレの本気度はどうやら伝わったらしい。

「……ほ、ほんとに……それが〈したいこと〉なんですか……?」
「そうだよ。ヘンタイだって思うか?」
 ナマエはぶんぶんと首を振った。
「あんたが嫌なら、もちろんしねぇけど」
「……い、いやというか、あぅ……む……獅子神さんのしたいことなら、あぁ……でも……その、えっと」
 もっと穏やかなオネガイを想像していたらしいナマエは百面相をしながら唸り続けた。

「ん。じゃあとりあえず保留ってことで」
「えっ、そんな、だ、だ、大丈夫です」
 全然大丈夫な顔ではない。細い手足をぎゅうと縮めて、まるでいまから〆られるうさぎのようだ。
「別にいますぐじゃなくてもいいだろ? 追々ってことで」
「………………そう、だと、大変ありがたいです……、す、すみません……」
「じゃあ、もっと手近なとこから」
「手近?」
「クンニよりかは恥ずかしくねぇこと」
「は、はい! それなら」
 コクコクと勢いよく頷いているが、ちゃんと内容を聞いてから同意しろと説教したくなる。いまさらながら、作家業の契約書周りが心配になった。何も考えずに借金の連帯保証人とかになってないだろうな、こいつ。

「純情なのはあんたの美徳だが、オレ相手にいちいち気負わねーでくれよ」
「全然純情なんかじゃないけど」と説得力のない表情を手で隠しつつ「し、獅子神さんがかっこいいので、こう、緊張してるとこは、あるかも、です……」と付け足した。
「だろ? 緊張なくすっての、オレたちの当面の目標にしねーか?」
「いいんですか、そんなの」
 ナマエにとっては、思いもよらない好条件なんだろう。そのためにオレが何をするかなんて、確かめもしないで。

//////////

「ンぅ……っ♡」
「また口閉じた。やり直しだ」
 ナマエは縋るような、助けを求めるような目をオレに向けた──鏡越しに。

 オレたちがいるのは、二階の書斎だ。ここには身嗜みチェック用の大きな鏡がある。ギャンブルに赴く前、ここで一張羅に着替えて気合いを入れるのがルーティーンになっていた。その鏡の前に椅子を置き、座ったオレの膝の上には、下着姿のナマエがいる。
 姿見には、オレたちふたりの姿が頭から爪先まで映っている。
 顎を鏡へ向かせ、何度言ったかわからない「見ろ」を囁く。

「っ、これっ、なんっ、なんの練習になるんですかっ」
 羞恥心でいっぱいの声は上擦り、涙は下瞼を超えて唇までこぼれ落ちてきている。その雫をぬぐいとり、べろりと舐める様も鏡越しに見せつける。
「だから言ったろ? 緊張しねぇ練習だって。あんたが恥ずかしがらなくなったら合格だよ」
「むりっ、むりですっ」
 子犬のようにピーピー泣いて、ナマエは下を向く。涙が一滴、ぱたっと太腿に落ちた。
「また目を逸らした」
 顎を掴んで前方を向かせる。オレのシルエットにすっぽりと収まる身体が、白く浮いていた。オレの手は、ナマエのちいさな頭を一掴みできるくらいにデカい。その対比性が背徳的な淫靡さをさらに強調していた。
 オレは愛撫を再開する。細い太腿をつうっとなぞると、びくりと身体を震わせた。床に届かない爪先がピクピク連動するのがたまらなくえろい。

「まだっ治ってないのに……っ、恥ずかしくないわけないですっ」
 は、と唇から声が漏れる。
 興奮しすぎていて見逃していた、オレの失態だ。ナマエの許容値は既に超えていた。
 ふー、ふー、と胸を上下させながら、真っ赤な顔で泣き喚く。聞いたことのないような、引き攣った声で。横隔膜を震わせながら必死に懇願してくる。

「見たく、ないんです」
「みられたくないです……っ」
「せっかく……っ、かわいい下着にしたのに、こんなのじゃ、似合ってないしっ……」
「まって、まだ……まだ、待ってくださいぃ」
「ごめ、ごめんなさい、おねがい、します」



 ──やりすぎた。
 血の気が引いた。踏み出した先が底のない奈落だったような、気持ちの悪い浮遊感に似た不快感。息苦しそうにしゃくりあげながら泣き続けるナマエを抱きしめ、オレは謝ることしかできなかった。

 ああ、もう、消えたい。
 獅子神さんには、だらしないところも、みっともないところも、恥ずかしいところも、ぜんぶぜんぶ見られてる。見られてきた。でも。目の当たりにしてしまった。実感してしまった。
 大きな鏡に映る、整然とした書斎。きれいでかっこいい獅子神さん。そこに見えるすべてがなにもかも立派で、わたしだけが不相応に浮いていた。自分の身体が、まだら模様の皮膚が、動揺して歪むわたしの顔が、見窄らしくて、醜くて、とてもじゃないけどここに在っていいとは思えない。釣り合わない──異物だ、と思った。

 獅子神さんの言うことならなんでも聞きたいと思ったのに。えっちなお願いごとでもがんばろうと思ってたのに。その意気込みも、勇気も、欲望も、緩んだ風船のように萎んでしまった。
 なんでこんな意地悪をするんですか、なんて、獅子神さんを責めたくなった自分が嫌になった。いやで、いやで、仕方がない。

 直視したくなかった。ほんとうのわたしはこうなのだと、知りたくなかった。突きつけられたくなかった。獅子神さんに抱かれているときはずっとふわふわしてて、幸せで。わたしの汚いからだなんて、わたしには見えないから。しあわせなものしか、そこにはないから。夢から覚めたような。物語の途中で本を取り上げられたような。そんな絶望感でいっぱいで、獅子神さんのことを考える余裕なんてなくなっていた。

 怖くて、いやで、不安なのに、興奮を止められない身体が、自分が、もっと気持ち悪い。
 わたしなんかが、がんばるなんて言ったから? だから獅子神さんは「できるわけない」って理解らせるためにこんなことをしてるんだろうか。

 わたしの醜さを、だらしなさを、分不相応さを自覚させるために、こんなことをしてるんだろうか。
 でしゃばりだったことを謝りたい。わたしでも獅子神さんのために何かしたいなんて思い上がったことを謝りたい。許してほしい。許してください。こんな癇癪を起こしていること自体が恥ずかしくて、獅子神さんの反応を窺う余裕もなく、わたしは声が枯れるまで「ゆるしてください」と言い続けた。

 わたしは、ほんとうに恵まれていると思う。村雨先生から「あなたが行くべきは美容整形ではなく形成外科だ」と言われ、紹介状まで書いてもらった。獅子神さんはもちろん、いろんなひとのおかげで治療を続けられている。

 それなのに。傷がひどかった昔の方がまだ、自分を受け入れられていた。見慣れてしまった、という方が的確なのだろうか。いまのわたしは、たとえばリフォームした家に古い仏壇だけが残されているような。しょうゆをこぼしたフロアタイルを一枚だけ入れ替えたら、床全体が汚いことに気づいてしまったような。そんな知りたくない事実を知ってしまった感じだ。ほんとうは昔から汚かったのに、人様に見せられるようなものじゃあなかったのに、慣れてしまったがために気づけなくて──そんな愚かしさが、はずかしい。

 その後ろめたさが獅子神さんにも申し訳なくて、ますます自分を嫌いにさせた。

「あの、あの。違うんです。獅子神さんが悪いわけじゃなくて。わたしの、わたしだけの問題なんです」
 肺が押さえつけられたように、息を吸えない。喉が熱くて、息苦しい。獅子神さんの顔は見れないけれど、きっと心配しているだろう。背中に回された大きな手のひらが、優しく肌を撫でてくれる。ちゃんと聞いてる、と安心させてくれるように。

「っ、獅子神さんは、ぜんぶがかっこよくて、すてきなのにっ……わた、わたしはちっともきれいじゃなくて、それが恥ずかしくて、恥ずかしかった、だけ、なんです」
 上手に言語化できないわたしの声に、獅子神さんは「そっか」と相槌を打ってくれる。嬉しさよりも申し訳なさで、ますます涙が溢れた。

「きれいってのは、あんたの身体がってこと?」
 獅子神さんの腕のなかで、こくこくと頷く。
「オレはあんたの身体、めちゃくちゃすきなんだけど」
「でも、ぜんぜん、きたなくて」
 ああ、否定してしまう。初めて抱かれた日に、二回目に抱かれた日に、獅子神さんが言ってくれたことを、獅子神さんがくれた気持ちを、ぜんぶ否定してしまう。優しさを突き返してしまう。ほんとうはちゃんと、受け取りたいのに。
「移植してもらったところは、すごくきれいで。でも、それ以外のところが、汚いのが、恥ずかしくて」
「そっか」
「わた、わたしのからだ、ふつうですか? 変じゃ、ないですか?」
 そんな問いかけをして頷くようなひとじゃないと知っているのに、わたしは思いついた順に尋ねてしまう。

「ふつうかどうかはわかんねぇ」
 涙でぼやけた視界に入る、獅子神さんの胸板には涙がいっぱい落ちてびしょびしょだ。いやいやしながら、わたしはまだ子どものように獅子神さんに抱きついていた。
「でも、変じゃねえ。それは絶対。ナマエはずっと、ピカピカしてんだよ」

 想像もしていなかったオノマトペに虚をつかれた。少しだけ頭がクールダウンする。ぴかぴか、って言った? わたしのことを? こんなにも見窄らしくて、ボンキュッボンじゃなくて、子どもっぽく泣いて、獅子神さんを困らせるようなわたしのことを?

 恥ずかしさと後悔でいっぱいになっていたわたしの胸に、少しの好奇心が芽生えてくる。気になって獅子神さんの顔を見上げると、ちゅう、と瞼の涙を吸われた。

 その柔らかさが、優しさが、わたしの不安を暈してしまう。

 ああ、わたしのなかの汚いものを濾し取って、きれいなものだけを掬い取って、獅子神さんにあげられたらいいのにな。