嘘の報酬と代償

 右腕を骨折した。

 ギャンブルのペナルティとかではなく、単純に転倒して。それもこれも、園田が適当な脚立の使い方をしやがったせいだ。巻き込まれてとんだ目に遭うし、村雨からは「レントゲンを寄越せ」としつこく連絡が来た。もらうか、そんなもん。



 さて、間が悪いことにナマエとのデートの直前に折れちまったもんで、事情を説明しつつ〈そう言うわけで、予定はキャンセルで頼む〉とLINEを送っておいた──のだが、オレが病院から自宅へ帰ると、ナマエが不安そうな顔でオレんちの前に立ち尽くしていたわけだ。

 タクシーの窓から小さな影がそわそわと動いているのが見えた瞬間、大慌てでスマホを確認する。真経津たちからの通知に紛れて、ナマエから安否を問うメッセージが届いていた。叶からの通知量が多くて気づけなかった。こっちを気遣って二件しか送ってねぇナマエを見習え、と言いたくなる。

「わりい、スマホいま見た」

 後部座席の窓を下げてそう投げかけると、ぱたぱたと足音を立てて駆け寄ってきた。三角巾で吊られたオレの右腕を覗いて、さっと顔を蒼くする。

「す、すみません。連絡もらったのに、勝手に来たりして。ご、ご迷惑とは思ったんですけど、心配で。……その、痛くないですか。あ、いや痛いですよね。えっと、だい──ああ、大丈夫ですかもよくない聞き方なんですけど、腕……、腕以外! には、あの、頭とか足とか打ったり、あの、えっと、大丈夫なんでしょうか!」

 あー。分かりやすいくらいパニクってやがる。気遣いと心配と遠慮とおせっかいが爆発したように慌てふためいている。自分が刺されたときでさえここまで混乱してなかったくせに。

「大袈裟に吊ってるだけだよ。きれいに折れてっからすぐくっつくって」

 正直なところ、賭場で与えられる苦痛に比べたら……痛ぇだけ、って感じだ。死ぬわけでもない、後遺症の心配もない、喉が焼かれるような毒でもない。ただ、それらを並べて大丈夫と言うわけにもいかず、オレは落ち着けと宥めることしかできなかった。

 取り乱しているナマエを家の中に入れると、靴を脱がすところから手伝ってくれた。動揺していても手慣れたように靴を押さえて脱ぎやすくしてくれるところに、こういった世話は慣れていたのだろうかと想像する。

 オレをソファに座らせたあと、ナマエは居心地悪そうにキッチンをくるくる歩き回る。オレの言葉も虚しく、不安でたまらないようだ。

「えっと、何か飲みもの──か、カフェインはよくないですよね? プロテイン飲んだら少し楽になりますか?」

「プロテインじゃ骨折は治らねえよ」まるで万能薬のような言い草に思わず笑ってしまい、「冷蔵庫に麦茶残ってっから、オレとあんたの分、注いでくれるか」と頼んだ。落ち着けと言い聞かせるより、何かしている方が気が楽だろう。



 ふたりソファに並んで冷たい麦茶を飲み、ようやく落ち着いたとみえたので、改めて骨折の経緯を説明した。

 電球を変えようとした園田が脚立から落ちたこと。咄嗟に支えようとして転倒した拍子に右腕を折ったこと。当の本人は怪我もなくピンピンしてること。オレは軽症で、腕以外に怪我はなく、ナマエが青ざめるほどの事態ではないこと。などだ。

 以上の話をウンウンと深刻に聞いていたナマエは、意を決したようにオレの目を見て口を開いた。

「ご迷惑でなければ治るまでお世話させてもらえませんか? 料理も獅子神さんより下手くそですけど! 運転できますし、お買いものとか……食べられるもの教えてもらえたら……あと、その、」

「ただいまーっす。獅子神さーん、しばらく入り用になりそうなもん買ってきたんスけど、一応見てもら──あっ」



 どうして園田という男は、ことすべてにおいてタイミングが悪いのか。

 近所のスーパーと薬局の買い物袋を両手に下げた雑用係たちとナマエが顔を見合わせてお互いに「やってしまった」という顔をする。玄関の靴も見えてねえのかこいつらは。

 ナマエの表情からは(園田さんたちがいるんだった……!!)という声が聞こえてきそうだ。差し出がましいことを言ってしまった恥ずかしさからなのか、汗をかいてわたわたと両手を振る。何も悪いこと言ったわけじゃねーってのに、悪事を見咎められた子どものようだ。

「わた、わたしが居ても役に立たないですよね。園田さんたちがいるのに出しゃばったこと言って──」
「いや。園田たちは明日から長期休暇なんだ」

「え」
「え」
「え」

 三人とも驚いたように声を上げる。そりゃそうだ。いま、オレが決めたんだからな。

「ほんとツイてねーな。おめーら明日から二──いや、三週間の有給休暇だったよな」

 わかるよな? と視線でふたりを頷かせ、早々に追い出す。「困ったな」「真経津たちは頼れねえし」と白々しいくらいに助けを求めてようやく、ナマエが改めて「お世話しに来て、いいですか?」と聞いてきた。

「よろしくな」

 せっかく出た言葉を引っ込められないよう、オレは素早く頷いた。

 退室際に園田がうっかり口走った「あれ、骨折って全治二週間じゃなかったっけ」という科白せりふは、「おいバカ」と遮られ、幸いナマエには聞こえなかったようだ。

//////////

 さて。ナマエの荷物はゲストルームにほぼ揃っていたので、その場で「獅子神さんのお世話」が開始された。予想もしていない事態ではあったが、せっかくだし思う存分甘やかしてもらうか──と前のめりなのは、こうやって気合い入れねーと、オレ自身照れてしまいそうだったからだ。世話は焼かれるより焼く方が身についている。悲しいことに。



 そこからの数日は充実した日々と言って過言じゃないだろう。ナマエとキッチンに並んで一緒に料理を作ったり、服を畳みながら何でもない話をする時間。真経津たちも空気を読んだのか押しかけて来なかったから、二人きりの時間をゆっくり過ごすことができた。

 小さめに切ったサラダを「あーん」するナマエの手が緊張で震えて食いづらいとか、オレの視線に「なぁに?」と問うように優しく見つめ返してくれるのがかわいいとか、トイレの中までついてこようとする頑固なところに困っちまうとか──、五分に一回のペースでオレの心臓はときめいていたと思う。



 正直骨折なんて屁でもないのだが、ナマエはまるで重病人のように甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのが慣れないくすぐったさだ。ガラス細工を扱うような配慮を感じる。それは、寝るときさえ。

 一日目の夜は別々に寝ることになってしまった。オレは「なんでだよ。一緒に寝ようぜ。何もしねーからよ」と甘えてみせたが、あまりにもナマエが心配そうな顔をするので従った。

 二日目の夜はどうにか食い下がって一緒に寝てもらった。しかし、間に丸めた毛布を挟んでだ。「寝ぼけて獅子神さんに抱きついたりするといけないから」と恥ずかしがるナマエが可愛かったので許した。

 三日目の夜、ナマエが寝てる隙に邪魔な毛布を退けて抱きしめて寝たら、翌朝怒られた。「安静にしてなきゃだめでしょ」と叱るナマエに思わずニヤけてしまった。いつも大の大人を叱ってばかりのオレだから、叱られるという経験が新鮮すぎるのだ。

 四日目の夜、「やっぱり別々に寝ましょう」とナマエに言われ、盛大に拗ねてやったが頑固にも聞き入れられなかった。



 そして広いベッドでひとり、天井を見上げたオレはようやく気づくのだった。

 ──もしかして、この据え膳があと十日以上続くのか? しかも、オレが一週間サバを読んだせいで生殺し期間が延長? バカか?

 こんな軽い怪我で大袈裟に騒ぐんじゃなかったと後悔しても時すでに遅し。

 引っ込み思案なナマエが積極的に構ってくれるのが嬉しくて、甘えまくっていた自分を蹴り飛ばしたい気分だ。わざと不自由してるフリなんかして。もっと頼りなく振る舞えばお泊り延長してくんねぇかな、とか甘い考えだった。ナマエのお人好しは度を越している。分かっていたつもりで、オレは何も分かっていなかった。

 そしてとうとう五日目の夜。しつこくも一緒に寝ようと誘っていたら、真剣な顔でこう言い渡されたのだ。

「わかりました。一緒に寝るのはいいです。ただ、完治するまで──え、え、えっちなのは禁止、ですから、ね」

 セックス禁止。マジで?

 単に会えなくて三週間触れ合えないとかではなく、ずっとそばにいて、いつも以上に触れ合ってるのに、それ以上ができないとか生殺し過ぎるだろ。

 なんとか「キスはOK」と応えてもらえたのをいいことに、日中からしつこくしつこくキスを繰り返した。えろいムードになったら流されてくれるかと思ったナマエは意外にも意固地で、顔を真っ赤にして涙目になりながら「きょうはここまで」ととろけた表情であえぎ喘ぎ切り上げるのだった。いますぐ抱かれたくて堪らないという顔で言うもんだから、そういうプレイかと疑いたくなったほどだ。

 いくら利き腕が骨折していると言っても、小柄な女を好きにできないわけがない。ないのだが、お預けを食らっているこの状況がもどかしい半面、どうにも心地よかった。どうやらオレは、惚れた女に振り回されるのが好きらしい。



 下腹部と頭に溜まり続ける煩悶はんもんと向き合った結果。

 オレはひとつの覚悟を持って、カレンダーのある日に印をつけた。歪んだ花丸を見て「何ですか?」と問うナマエには「次の通院日」と簡潔に答える。

(──そしてあんたをぐちゃぐちゃに抱く日だ)

 という内心は胸にしまって。オレは毎日カレンダーに×印をつけ、舌なめずりでその日を待った。

//////////

 振り返ってみると、およそ二週間の禁欲生活は天国と地獄をぐつぐつ煮込んだような日々だった。

 いくらナマエの職業柄スケジュールに都合をつけやすいと言っても、予定をキャンセルしてオレのそばを選んでいることが嬉しかった。この気持ちはきっと優越感に似ている。いったい何と比べて、誰と比べてかは分からないが。

 ナマエに風呂の介助をしてもらった際、思わず勃ってしまったときは互いに気まずかった。大袈裟に顔を背けてみないふりをするナマエの頬ッ面をペニスで叩きたくなった気持ちも、必死で堪えた。

 こうなればとことん甘えてやると決めてからは、何でもナマエにやらせた。左手でできそうなことでも頼むと、喜んで応えてくれる。それがなんとも座りが悪く、むず痒く、照れ臭く、後ろめたく、嬉しかった。

 途中、真経津の家に遊びに行って息抜きも挟んだ。あいつら、怪我人のオレにも容赦ない。「ホントは指動かせるんでしょ?」と早速気づいてコントローラーを握らされた。

「そういえば、全治二週間じゃなくなったから、話合わせろよ」と言うと、仲良く同じ角度で首を傾げやがった。

 治療期間を盛ったことを伝えたことで、真経津に大いにイジられ、病院から郵送してもらったレントゲンのコピーを村雨に一笑にされ(てめーが見せろっつったんだろうが!)、叶に「アマギフで精力剤送っとくね」と笑われ、天堂には「嘘はほどほどにしておけ」と妙に年上ぶった御高説をたまわった。

//////////

 そして、骨折から二週間──ようやくギプスが取れる日。

 待ちに待った、花丸の日だ。

 朝起きて服を着せられているときだって、左ハンドルに慣れた横顔を助手席から見てるときだって、医者の話を一緒に聞いてるときだって、ずっと、オレの頭の中は真っピンクだった。ナマエが車を用意している隙に、ベッドを整えておく。帰ったらきょう一日ここから出さねえという気概で寝室を後にした。

 病院ではナマエを車で待たせ、オレだけ診察を受ける。

 石膏を破られ、レントゲンを撮られ、きれいに治っていると告げられる。ここまでは想定内だが、オレは車に戻る前に三角巾を腕に掛け直した。

 何せ、ナマエには全治三週間と伝えているので、あいつはまだ経過観察中だと思っている。帰宅してから完治したと告げたらどれだけ驚くだろうか。二週間の生殺し禁欲生活を強いたのだから、これくらいのサプライズは許してほしいところだ。



 脳内でネタバラシ後の反応を想像する。「もう! もう! もう!」と怒ってぽかぽかとオレを叩くナマエを妄想してニヤけつつ、オレはナマエの運転で自宅に戻った。

 帰るなり、オレはまずシャワーを浴びた。ずっとギプスをつけていたから、腕の臭いが気になる。いまのオレは飢えたケダモノとは言え、さすがにその辺りは気にする。ぬるめのシャワーの中で勃ち上がるペニスを宥めつつ、オレは急いで身体を洗い、仕上げに頭から冷水を被って気を引き締める。ナマエが待つリビングへ向かった。

 キッチンでは、ナマエがプロテインを準備していた。粉末を量るのも、ダマにならないよう混ぜるのも慣れた様子だ。キッチン用品のいくつかはナマエに合わせて収納場所を変えたりもしていて、なんだかすごく──「いいなぁ」と思うのだった。

 そんなしみじみとした思いに浸るのも一瞬で、右手はタオルで隠しつつ、素早く忍び寄る。プロテインを一息で飲み干して、準備は万端だ(本来は〝運動〟の後に飲むものだが)。

 オレの急な行動に驚いたらしいナマエを抱き上げて、寝室へ直行する。なにせオレは二週間も健気に〝待て〟を遂行したのだから、ここからは巻きでいかせてもらう。

 突然のお姫さま抱っこに目を白黒させるナマエの表情が可笑しかった。鳩が豆鉄砲食らったような顔をして。これから食われるとも知らないで。

 きょうは泣いたって止めてやるつもりはない。気絶させないようには気をつけるが。

「獅子神さん?」

 ベッドに降ろされたナマエが、まだ状況を理解できない顔でオレを見上げてくる。ギプスが外れた腕と顔を交互に見比べて、大きく瞬きをする。この純粋無垢な顔をいまからどろっどろに蕩かすんだと思うと興奮が収まらなかった。濡れたままの毛先から、ぽたぽたと雫が落ちた。

 そのまま息荒く覆い被さろうとすると──

「こら」

 ベッドに突いた右手をナマエが優しく抑えた。

「無理に動かしちゃダメでしょ。抱っことかもダメですよ」

 右手に体重をかけないでくださいね、とナマエが叱る。思わず退いたオレの頭を小さな手が撫でる。久しぶりの同棲生活で少し砕けたナマエの言動。それは、それは──それは嬉しいんだが。はぁ?

「見てわかんだろ、完治だよ完治」

 大仰に目の前でグーパーしてみせるが、ナマエの態度は軟化しない。むしろ怪訝そうに右手を動かすのを止めてきた。

「でも全治三週間なんですよね? ギプスが外れたからって……」
「あー、オレの若さと体力で早めに治ったんだ。医者のお墨付き」

 さすがに「あんたと一緒に居たくて盛った」とは言えなかった。

「ほんとに?」と見上げてくるナマエを騙せないほど、オレのハッタリは弱くない──つーか、いまは嘘吐いてるわけじゃねーから、ハッタリでもねーんだった。

「手、握って」

 恐る恐るオレの右手首を掴む指は、オレよりずっと細くて白くてやわっこい。そのまま指を絡めてぐるぐると手首を回し、最後に口付ける。

「ほら、もう元気だって」

 だから安心して抱き潰されてくれ。

 そのままゆっくりとベッドに押し倒そうとしたオレの下から、ナマエがするりと抜け出した。もう王手と思っていたところを逃げられて、オレは面食らう。

「でも、念のためにもう少しだけ安静にしておきましょ」
「は?」

「ギプス、早く取れてよかったですね。園田さんたちが帰ってくるまであと一週間もあるんですっけ……リハビリ、わたしも付き合いますからね」

 よくない。
 これはよくない。
 このままでは健全な流れになってしまう。
 オレはえろえろR18を目標にこの二週間を耐えてきたんだよ。

 オレの内心なんてつゆ知らず、ナマエは心底安心した様子だった。オレの頭をひと撫ですると、「髪濡れたままですよ。ドライヤー持ってきますね」と言ってベッドから降りようとした。

 毎日髪を乾かしてもらっていた、その普段通りの口調で。拍子抜けもいいところだ。ボクサーパンツの下で準備万端のペニスが見えてねぇのか? 視力大丈夫か?

「……しねぇの?」

 理解らせてやらなきゃなんねえ。
 指を絡めた右手を引き、唇に耳を寄せて思い切り甘い声で囁くと、ドキッとしたように身を跳ねさせた。んだよ、ちゃんとスイッチ入るじゃねーか。

「だ、だめです、だって」
「もう治った」

「でも」
「する。やる。いますぐ」

 そういって固くなったペニスごと身体を押し付けた。指先まで力を込めてぎゅうと身体を抱きしめる。きょうを逃すつもりはオレにはなかった。

「あ、あと一週間! あと一週間、我慢しましょ、ね?」

 優しく抱き返され、宥めるように優しくぽんぽんと背中を叩かれる。ナマエの小さくて柔らかい手のひらでこうされるのが、オレは大好きなんだ。

 ふざけんな、と喚きたくなる気持ちを必死に抑えて「……我慢したら、ご褒美でもくれんのか?」と拗ねた声を出す。そんなことには絶対させねえが、……させねぇけど。万が一そうなったとしても、絶対にタダじゃ飲まねえ。

「ご、ご褒美って」
「あと一日我慢したらまた制服えっちしてくれんの? スク水も着てくれるって?」

「えっ、そ、そんなこと言ってな……じゃなくて! 一週間! 一週間ですって!」
「一日で充分だろ」

「だめ! せめて五日は様子を見て──」

 右手でぎゅうとナマエの尻を掴むと、ひゃっと声をあげて言葉を切る。五本の指と手のひらを使って柔い尻たぶを揉みほぐす。ほら、こんなにも自由に使えるぞと理解らせるために。

「二日」
「だ、だめ」

「三日」
「でも」

「三日は譲れねー」
「う」

「心配してくれて、ありがとうな。でも、オレも限界なんだ。あんたが足りねえ。許してくれよ」
 最後には泣き落としだ。捨て猫のように、縋るようにナマエを抱きしめた。

「じゃ、じゃあ、三日、で……」

 ようやくナマエは観念した。

 よし。
 いや〝よし〟じゃねぇ。何を譲歩されて喜んでんだよオレは。

 ──いや、正直嬉しいんだ。ガキみてーに心配されている、いまの状況が。もどかしい反面、惜しいんだ。この生活がもう終わってしまうことが。心の底から、惜しい。だからオレは、ナマエのせいにしつつ、恨み言を言いながらも延長戦を受け入れたんだ。

「し、獅子神さん?」
「ん?」

「怒ってます?」
「……怒ってねーよ。欲求不満だけどな」

「…………ごめんなさい」

 ああ、くそ。
 本当に嫌になる。
 ナマエを謝らせてしまったことが。いざとなって不機嫌になれば、たいてい言うこと聞いてくれるしな、と思っていたことが。

「一日後にはすげーサービスしてくれんだろ?」
「三日です」

「ああ、二日後だったっけ?」
「三日です」

 ぴしゃりと訂正されることにホッとする。よかった、オレたちは対等なのだと安堵する。それはそれとして抱きたくてしょうがねぇが。

 ナマエに髪を乾かしてもらい、耳掃除をしてもらう。もちろん右腕は庇っているふりをしながら。

 あー、太腿が柔らかくていい匂いがする。良い感じにまとまったような会話で終えちまったけど、シャワー中から勃ちっぱなしなんだよな。きょうという日のためにオナ禁し続けてきたが、さすがに処理するか……と考えていたときだった。

 ナマエがオレの頭を撫でながら、言いづらそうに口を開いた。

「あ、あの、え、えっちはダメですけど、あの、あの……」

 もごもごと言い淀み、オレの髪を指で梳きながら、「く、口とか、手とかで、なら……」と。
 思考が一秒、停止する。

「……………………フェラは〝えっちなの〟じゃねーの?」
「え、えっちですけどぉ……! そうだけど、そうじゃなくて……」

 分かってる。オレの右手に負担をかけないならオーケーというナマエの判断基準なんだろう。その気遣いは死ぬほど嬉しい──けど、正直ヘッタクソなんだよなぁ。あんたのフェラ。

 ナマエはすでに言ったことを後悔しているようで、顔を伏せながら前言撤回を試みようとした。

「い、要らないなら、いいんです」
「要る」
 食い気味に答えつつ、がばりと身を起こす。

 ねたようにとがらせた唇にキスをする。ここ二週間、四六時中キスしまくっていたからか、ナマエもだいぶ慣れた様子だ。内心「流されてくんねーかな」と思いつつ、ブラウスの裾から指を入れようとした瞬間「だめっ」と拒まれた。頑固なやつめ。

 すぐ脱ぐつもりだったボクサーパンツは、湯上がりの熱気と期待で湿っぽい。ベッドに腰掛けるオレの前に、ちょこんとナマエが座り込んだ。お行儀よく揃った膝の先が、オレの視界からよく見えた。

 オレにもっと余裕があったなら、脱がせてもらうとこからナマエにやらせて、おっかなびっくり下着に手をかけるのをニヤニヤ見守ることもできただろうが。これだけ焦らされて、健気に待った挙句に、さらにお預けときたところで、やっとお情けをいただけるってんで、オレは興奮するしないの騒ぎじゃない。

 なんやかんや半勃ちまで落ち着いていたペニスはとっくに元気を取り戻していて、それはナマエも承知のようだった。ボクサーパンツにしっかりと浮き上がったペニスの形をじっと見つめて生唾を飲んでいる。見ていられないというように顔を赤らめながら、それでいて、目を逸らせないでいる。

 男冥利みょうりに尽きるというもんだ。見せつけるように、腰を突き出して大袈裟にペニスを露出した。ひっ、と息を呑む声に満足する。邪魔な下着をベッド脇に放る。ナマエのペースじゃいつまで経ってもはじまらねーだろうからと、小さな手を掴んで男根に導いた。

 いつの間にか、自分の息が獣のように荒立っていることに気がついた。

 変わらない初心うぶさを残すナマエを可愛らしく思いながらも、オレはとっくに慾望に飲まれていた。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせるように、ふーっと長く息を吐く。前髪をぐしゃぐしゃと掻き、ナマエを促した。

「してくれんだろ?」
「は、──はい」
 息を呑む音さえ聞こえるくらいの沈黙。

 ばくばくと派手に鼓動するオレの心音がナマエにも聞こえてんじゃねーかと思うくらいの静けさだった。

 意を決したように、かぷりと亀頭に食いついて、ちろちろと小さな下で鈴口を舐められる。気持ち良いというよりはくすぐったさで背筋がぞわぞわする。恥ずかしがり屋で臆病なくせに、変に思い切りが良いせいで、こうも一足飛びにやっちまうんだ。まずは手で刺激して興奮を高めてとか考えない。

 かと言って、気持ちよくないわけがない。

 ナマエの狭い口内はぷりっと柔らかくて、熱くて、──せっかちな先走りを舌で舐め取られてちゅぷちゅぷと浅いピストンを繰り返されるのに興奮がつのる。

 本人は精一杯頬張っているつもりだろうが、上から見ればほとんど口に収まっていないのがよくわかる。フェラに夢中で手がおろそかになっているのもナマエらしい不器用さだ。

 尾骶骨から這い上ってくるような熱は、快感というより背徳感からくる愉悦に近い。

 いますぐにでもこの小さな頭を両手で掴んで無理やり喉奥に押し込みたくなる衝動で、思わずシーツを強く握った──もちろん、右手もだ。どのみちナマエには見えていない。

「っ、ひがみさん、きもふぃ、ですか?」

 顎が疲れたのか、呂律の回らない舌で質問をする。あったかい呼気がペニスを撫でた。濡れた唇から透明な唾液がとろりと床に落ちる。

 そのエロさに、オレは思わず天井を仰ぎ見た。

 オレを見上げる上気した顔が、唇を濡らす唾液が、「出してもいいよ?」と言わんばかりの達成感を溢れさせた瞳が、どうしようもなく──煽情的で。オレのペニスはますます硬さと熱を増すのだった。

 自分を落ち着かせようとすると、ふーっ、ふーっ、と獣のような息が漏れ出る。

 オレの褒め言葉を待つような目を一瞥して、「これは左手、だからな」と言い聞かせるようにナマエの手を握った。

 以前もやったように、ナマエの手に自分の手を重ねてペニスを擦る。ほとんど自慰行為だ。利き手じゃない分、そして、ナマエの柔らかくて細くて短い指がクッションになってしまう分、オーガニズムには程遠いもどかしい快楽がオレの中心をじわじわ昇っていく。

 イクにイけないもどかしさ。

 つい夢中になって手を動かしていたことにはたと気づき、ナマエと目が合う。

「も、もっと強く……?」

 無言でこくりと頷いて、オレは再度ナマエに委ねた。
 もどかしい手つきで、しかし先ほどとはずっと強く早く、気持ちよく扱いてくれる。思わず腰が持っていかれそうになったくらいだ。

 ──もっと。
 ──もっと。
 ──もっとだ。

 呼吸の合間におねだりすると、ナマエは応えるように力を入れてくれた。

 滑りをよくするために舌を出して、唾液を注ぎ足して。あー、その小さな赤い舌にいますぐしゃぶりつきたい。抱きたい。

 一生懸命なのは伝わるが、同時に、だんだん疲れていっているのが手に取るようにわかる。

 力を込めるために「んっ、んっ」と小さく喘ぐのは、天才的な無自覚さだ。ペニスはもうはちきれんばかりに膨張して、先っぽからはだらだらとカウパーを垂れ続けている。

 イッてしまいたい。いまならイける。──だが。

「っ、なあ。コレで出せなかったら、セックスしていい?」
「へぁ」

 驚いたナマエの手が止まる。

「止まってんぞ」
「ぇ、あ……だ、だめです、よ……」

 指摘されて再開するが、ちっとも力が入っていない。
 意地悪な気持ちがふつふつと湧いてくる。

「そしたら、ずーっと勃ちっぱなしで過ごすことになんだけど」
 罪悪感からか、言い出してしまった後悔からか、ナマエが顔を背けた。ますます握力が弱まる。

「イきたくてもイけないオレを、また泣かしたい?」
「っ、そんなわけ」
「勝負しようぜ」

 勝負。
 聞き慣れた、言い慣れた、ガキくせえ単語。だが、この仕掛けは本気だ。

「あと三分でイけなかったら、セックスしてくれ」
「……」

「右手は使わなねーようにする。約束」
「……」

「おねがい」

 ダメ押しの甘えた声をかけると、長い沈黙を挟んで「………………じゅ、じゅっぷん」と交渉の声が上がった。

 問答の末、制限時間は七分になったがそんなのは正直どうでもいい。目の前で「07:00」にセットされたタイマーをスタートさせ、ナマエがフェラをはじめたら「04:00」に再設定する。もとから治療期間を一.五倍に盛ってんだ。七日に比べりゃ、三分なんて誤差の範囲──ということにする。

 あとは我慢比べだ。
 四分我慢すれば、念願のセックスができる。
 そして幸いなことに、オレは我慢比べには自信がある。
 無心無心無心。

 ぢゅぷぢゅぶと下品な音を立ててフェラチオをするナマエをしっかり目に焼き付けながら、頭の半分では今度振る舞う料理のレシピを考える。ああ、なんだか無性にナマエに何か食わせてえ。太巻きとか、フランクフルトとか。あ、こっちはやばい。違うことを考えろ。あいつらにもそろそろちゃんとしたメシ食わせてやんねーとな。オレの快復でも祝わせるか。飾りつけどうすっかな。叶には品名「アダルトグッズ」でエナジードリンク送ってくんのやめろって言わねーと。

ぴぴぴぴぴぴぴ──

「っは、時間切れ」

 ギリギリ。本当にギリギリで耐えた。暴発寸前のペニスをナマエの口から引き抜く。

「ふぇ、もう……」

 名残惜しそうな顔しやがって、くそ。蕩けた顔を引っ掴んでイラマチオさせたくなっちまう。

 正直過去イチ気持ちよかった。オレをイかせようと懸命な姿が可愛いくてえろかった。これからもっとえろくしてやるからな。

 呼吸荒く迫るオレに気圧されたのか、ナマエは咄嗟に身を引いた。ここに来てようやく、仔猫はライオンに食われると悟ったらしい。

「右手は使わねーから──使えねーように握っててくれ」
「ま、待って、もう一回──」

 ナマエの声は唇で塞ぐ。しょっぱく苦い味がした。同時に右手をナマエの左手に絡めて引き寄せる。逃がさない。

 キスをしながら左の中指でうなじを撫でると、母猫に咥えられた仔猫のように動かなくなる。

 以前に「これ、ゾワゾワして、あの、苦手です」と打ち明けられたとき、「へぇ。ココが性感帯なんだな」と言ったらさらに固まっていたことを思い出す。

 小さな身体を膝上に引き上げて、ブラのホックを外す。だめとか待ってとか漏れる言葉を全部塞ぎ閉じ込めながら、オレはナマエの左手を引いた。

「約束。な?」

 ナマエは小さく顎を引く。こいつは約束を守る女だ。オレとは違って。



 右手を繋いだまま、左手で脹脛ふくらはぎを撫でた。指先でタッチするように。指全体でなぞるように。手のひらでさするように。上へ、中へ、奥へと、焦らすように移動させていく。ナマエが弱い膝裏や内腿なんかをそうっと触ると、面白いくらいぴくぴく身体を跳ねさせる。

 腰を浮かして逃げようとしているのが悪手極まりない。オレは偶然のようにツン、と指先でぐっしょりと濡れた下着の底面に触れた。

 ビクッと大きく身体を浮かすものの、片手をしっかりと恋人繋ぎしているので上手く逃げられなかったようだ。ショーツの上から確かめるように、ぐちぐちと秘部を刺激する。

「っ、ふ」

 我慢するように短く小さな吐息が漏れた。いまでも本当はセックスなんてしない方がいいと思ってるんだろうな。こんなにぐちゃぐちゃに濡れてるくせに。持て余しているであろう性欲をオレで発散させようと考えてくれない。

「こっちは利き手じゃねえから……気持ちよくねーか?」

 身体の震えとも区別がつかないくらい小さく、ふるふると首を横に振った。

「気持ちよくねーなら口でするか?」

 れろ、と舌を出して煽ってみると、今度はぶんぶんと勢いよく首を横に振る──その拍子にクロッチの縫い目越しにナマエのクリトリスを強く引っ掻いた。

「っあ♡」

 ナマエの内股が小刻みにガクガクと震える。……まさか、いまのでイっちまった? 甘イキにしたって感じすぎだろ。

 不安定な体勢に疲れたナマエをベッドに転がし、ブラウスのボタンを自分で外すように指示をした。だって、オレは右手使えねーからな。

 言われるがままゆっくりとボタンをはずしていく最中も、オレは左手でクリトリスをかりかり刺激する。途中、快感に身を縮こまらせるたびに手が止まる。ナマエがようやくブラウスの前ボタンがすべて外し終えたときには、オレはナマエのスカートもショーツも脱がしきっていた。

「しし、がみさん……っ♡」

 オレを責めるような目で見上げてときながら、名前を呼ぶ声はとことん甘い。

「ハイハイ右手な?」

 実質、こっちの方が腕に悪いんじゃないかと思いつつも右手の指を絡めた。そして肌けた胸に唇を落とす。期待で主張しはじめた乳首を焦らすように避けながら、左手と口で愛撫を続けた。

「ふ」
「オレの左手は嫌い?」

「んっ、や」
「やだ? 気持ちよくねぇ?」

「んっ♡ きもち、いっ♡ だい、じょぶ、ですからぁ」

 ナマエはオレを安心させるために「気持ちいい」と言う。感じていることを恥いる淑やかさがあるくせに、オレを心配させないためなら簡単に口にする。もっと、もっと、言わせたい。ナマエに。ナマエから。気持ちよくて気持ちよくて死んじゃうくらいオレのが好いって言わせたい。

 彼女が大好きな乳首を舌と左手で優しく責める。相変わらずココが大好きだって、オレは知っている。ナマエよりもずっとずっと、快いところは知り尽くしている。

「両方こりこりしてやれなくてごめんな?」
「んっ♡ んっ♡ ん〰︎〰︎っ♡♡♡♡」

 ちゅぱっとリップ音を響かせ、形だけの詫びを入れる。完全に固くなった乳首は唾液に濡れててらてらと光っていて、オレの舌を待ち望むように震えていた。

 そんな希望には気づかないふりをして、オレは左手を秘部に添えた。
 残念ながら、オレはもう少しあんたをイジめたい気分なんだ。

 溢れ続ける愛液がシーツをたっぷりと染みを広げていた。
 指先にたっぷり蜜をまとわせてから、クリトリスをずりっとなぞった。

「二週間、ココ寂しかったんじゃねぇのか?」
「あ゙ッ♡」

 かくん、と腰が持ちあがり、へたりと落ちる。またイった。

 割れ目を撫でている内に、歓迎するようにヴァギナがオレの中指を飲み込んだ。すぐに人差し指も挿しこんで、すりっ、すりっ、と内壁を擦る。その度にナマエはつま先を伸ばしてビクビクと身体を跳ねさせた。

 もうとっくに、焦らす方と焦らされる方の立場は逆転していた。
 奥へ奥へと飲み込まれた指先は、すぐに子宮口に辿り着いた。やっぱりあんたも溜まってたんだな、とオレは小さく笑う。

「ハッ。処女みたいにキューキュー締め付けてよ」
「ぁ、あっ♡ んんっ、ふっ♡」

「オレのカタチ、ちゃんと思い出せよ」
「ん゙ん゙ーッ♡♡♡♡」

 握り合った手がぎゅうと引っ張られる。

 無論、完治しているので痛みも違和感もないけれど、オレのことを考えられないくらい快楽に堕ちていることを実感させたくて「いてっ」と小さく声をあげた。

「ぁ、ふぅ……っ、ま、まって、まって……」

 理性を取り戻して解こうとする指を、オレはなおさら強く握り返した。

「なんだよ、やっぱ右手じゃないとイけねーの?」
「ちが、ちがいましゅ」

 散々絶頂させられ、ナマエは息も絶え絶えに否定する。

 もっと、もっと、もっとあんたを乱してあんたの本質を覗きたい。もっと、もっと、もっと、ぐちゃぐちゃに、どろどろに、蕩かして一息に呑んでしまいたい。

 頭に血が昇っているのがわかる。
 身体のどこまでもが熱く、破裂しそうだった。
 オレの下で良いようにされている女をもっともっと悦くしたくて、オレはわざと下品に囁き、下品に水音を立てる。

「子宮が降りてきて、ますますまんこが浅くなってんぞ」
「ひゅ──」

 中指で子宮口を押し上げると、ぴくんと大きく身体が跳ねる。
 一瞬、ナマエの表情が変わった。快楽と混乱に差し水を注がれたようなひやっとした顔。

「どうした?」
 ぐちゃぐちゃに濡れた目元に新しい涙が浮かぶ。これは、オレが何かしくじったらしい。

「──ち、縮んじゃ、ってる?」
「は?」

「え、えっち、してなかっ、たから──また、ししがみさんの、ぜんぶっ」

 何を言っているのか分からず、オレはぎゅうとベッドに押さえ込むように抱きしめた。自分の発言をバックログで思い出しながら、何が失言だったのだろうかと検索する。前にも叶にやらされた乙女ゲームなら、選択肢前にロードできんのによ。

 無理矢理セックスにもつれ込ませたのが嫌だったのかと思いきや、縋るようにナマエが足を絡めてくる。まるでオレを必要としているような、その小さな力に胸がぎゅんと鼓動する。

「ま、また、がんばりますから、だから──、し、獅子神さんの、で、わた、わたしの、なか、ひろげてください」

 血液が全部頭へいってしまいそうだ。興奮で顔が、首が、熱くなる。ぴりぴりするくらい熱った肌から汗が噴き出る。それでも一切萎えねぇペニスを押し付けながら、「ああ、悪い──もう一回最初から言ってくれるか?」と聞き出すような声で囁いた。優しさでも鈍感でも思いやりでもなく、これは辱めだ。

 きつく抱きしめているおかげで、ナマエにはオレのニヤけそうな顔は見えていない。

 えっととかあのとかを五、六回繰り返したあと、ナマエは申し訳なさそうに洟をすすって口を開いた。

「し、しばらく使ってなかったから、だから、狭く、なっちゃった、のかも。で、でも、また、い──挿れてもらえたら、元に戻り、ますから。だから。あの。一思いにぐいっと」

「何を?」

「し、獅子神さんの、おちんちん、ぜ、ぜんぶ挿れてください」

 これほどまでにナマエの自省の強さに感謝したことがあっただろうか。これまではむしろ、反省と自己評価の低さはほどほどにしてほしかったほどだが。

 思い返す。慣れないナマエを気遣って全部は挿れてなかったと言ったときのぽかんとした表情を。

 思い返す。その日以降、ちゃんとぜんぶ入っているか確かめるようになったことを。

 思い返す。確認してみろと言っても恥ずかしがって顔を覆った手をなかなか退けなかったことを。

 思い出を噛み締めていると、どうやら沈黙に耐えかねたらしい。小さい声で「ごめんなさい」と謝ってきた。下品なことはいくらでも言わせててぇが、ナマエが落ち込むのは違ぇ。

 オレはやや強引に右手を解いた。すがるように伸ばされる手をやんわりと払って、ベッドサイドに用意していた諸々のなかからコンドームの箱に手を伸ばす。ぺりっと蓋を剥いで、素早く右手で装着した。

 もう待たせるつもりはなかった。ナマエのことも、オレのことも。

 そうしてオレは、約二週間の地獄を経て──ナマエのなかに挿入はいっていった。

//////////

 温かな肉壁が、押し返すようにみちみちとペニスを絞めあげる。思わず吐精してしまいそうになるのをこらえ、オレは最奥までずぷりと押し込んだ。

「あ゙ぅっ♡♡♡♡」

 横隔膜から押し出されるような嬌声をあげて、ナマエの身体が弓形ゆみなりにしなる。反射的にびくびくと痙攣けいれんする身体を抱きしめた。

「子宮、下がってきててかわいーなぁ」
「ふっ♡ ぅう〰︎〰︎ッ♡」
「オレのちんぽが欲しくて会いにきてんだよ。おら」

 声も出せずに絶頂している、蕩けた顔に囁く。亀頭で子宮口を押し戻しながらオレの下腹部でさらに加圧する。もう、一生ここから出たくないと思うくらいに気持ち良いのに、いますぐどちゅどちゅとピストンしたいくらいに物足りねぇ。

「っひ、がみしゃ……っ」

 ナマエの腕がか弱い力でオレを抱き返した。この柔らかい手のひらで縋り付かれるのが大好きだ。かわいい。小せぇ身体をもっともっとギュッとして小さくしたくなる。

「おく、きもちぃ──っ♡ わた、しもっ、したかったっ♡ からっ♡」

 ぶちっと、何かが切れた音がした。血管? 理性? 堪忍袋の緒?

 本人にあおっている自覚なんて皆無なのだろうが、こっちにとっちゃ「ひどくして♡」と同義の殺し文句だ。

 せっかくもらった愛の言葉に返事をする余裕もなく、オレは思いのまま腰を動かした。

「あ゙♡」

 ぱちゅっ、と大きな水音が立つ。もともと濡れやすいナマエだが、きょうは一層止まることを知らず、引き抜くたびに、そして腰を打ち付けるたびにばちゅ♡ ばちゅ♡ ばちゅ♡ と淫靡な音が寝室に響いた。

「はっ♡ あ♡ あ♡ あ♡ あっ♡」

 呼吸とも喘ぎとも嬌声ともつかない甘い声が小さな口から絶えず漏れ続ける。

 オレの身体にすっぽりと収まる小さな身体を征服するように抱きしめながら、壊さないように、優しくなぶる。どんどん加速していくピストンに、ナマエの息は上がり声はかすれていく。何度も甘イキを続ける膣内はびくびくとオレを刺激し、より一層興奮を掻き立てた。

「──っ」

 オーガズムに達した瞬間、オレはぐぅーっとペニスを最奥に押し込み、亀頭をポルチオに深く口づけた。長い射精が終わり引き抜いてもなお、オレのペニスは硬さを取り戻しつつあった。

「──っはぁ」

 ぢゅぽんとペニスが引き抜かれた瞬間、そしてその後も、余韻イキするナマエの下腹部が、内腿が、膝が、ぴくぴくと震えていた。オレを誘うように漏れ出続ける愛液を指先で掬うと、びくっと身体を大きく跳ねさせた。

「ひゃっ」
「なあ」

 腹に力が入らないのか、上体を起こせないままナマエはオレを涙目で見上げた。
 股を隠そうとする両手を握って開きながら、オレはまっすぐ問う。

「ウチに泊まってる間、ひとりでした?」
「 ──し、してなっ」

 とぷっ、と透明な愛液が返事のようにヴァギナなから溢れる。

 ナマエの両手首を右手で押さえ込み、左指で割れ目をくちゃくちゃといじる。あれだけ言っていたくせに、オレが右手を使っているのに気付いてもいない様子だ。いやいやと腰を引きながら、オレにいじめられているナマエはひたすらにかわいい。

「ほんとか?」
「んっ♡」

 二本指を膣内でクッと曲げてGスポットをコリコリと刺激する。かわいければかわいくなるほど苛めたくなる。もっともっと困らせたくて仕方ねぇ。人間ってのはなんて業が深ぇんだ。

「嘘つきでワルい子のオレと違って、ナマエは正直なイイ子だもんな?」
「んんっ♡」

「ひとりでした?」
「んっ♡ んっ♡ んんっ♡ やら、言いたくなっ、ッ──♡♡♡♡」

 言いたくない、なんて言葉が出てくる時点でゲロったようなもんだ。オレは大仰にため息を吐いてみせる。

「はぁー。オレはオナニーできなくてムラムラしてたってのに。ナマエはひとりでオナってたんだな」
「ふぁっ♡ だめ、だめっ♡ そこぉ」

 こんな小手先でイかせないよう、細心の注意を払いつつねちっこくナカを痛ぶる。敏感になった膣内は、さきほどまでの激しい刺激を求めてきゅんきゅんと収縮する。

「オレのじゃなくても気持ちよかったか?」
「ごぇ、ごめんなさいっ♡」

 ぐしゃぐしゃになった顔で謝罪するのが酷く痛々しく、オレを興奮させた。

 新しいスキンを被せてから、改めて挿入する。今度は中途半端に飲み込ませてからす揺さぶると、細い腰が急かすように前後に揺れた。

 両手の指を絡め、全身で押さえ込む。ぐちゃぐちゃに濡れた指をぬちぬちとり付けた。

「こんなちっちぇー指じゃ気持ちよくなかっただろ?なあ?」
「あぇっ♡ あ゙っ♡ ゔっ♡」

「ほら、気持ちいいって言えよ」
「えぁ、あっ♡ うぁ♡」

「気持ちいいな?」
「いっ、いぃ♡ きも、ちいぃっ♡」

 汗だくの肌にちゅうとキスをする。塩っぱいのが妙に美味くて、べろりと舐めあげた。

「もっと聞かせて」
「きもちいっ」

「オレとのセックスいいよな?」
「んっ♡ んんっ♡」

「オレのちんぽが好きなんだよな?」
「んん〰︎〰︎ッ♡」

「好きって言えよ」
「ふぁっ♡ しゅ、しゅきっ、すきでしゅ、ししがみさんっ」

 言ってくれたお礼にキスをすると、短い舌を出して応えてくれる。

 もっとナマエの口で言ってほしい。オレがいいって。もっと求められたい。オレを見続けてほしい。他のピカピカ輝く宝石たちに、一生気付かないでほしい。

 雑用係からは「愛情を注ぎすぎだ」なんてよく言われるが、オレからしてみればまるで奪い取っている気持ちだ。

 何か有限な──、時間だとか、愛だとか、興味だとか。別の誰かに向けられたかもしれない、誰かのものになっていたかもしれない、秘境の山に実った果実をこっそりと盗み食いしているような気持ちになる。

いつか取り上げられる日が来たときに後悔しないように、すべてを食い尽くすように。そんなふうに、ナマエを貪っている。

 だから、スパダリなんかじゃねぇんだ。本当は。本当に。



「んっ♡」

 ナマエが下顎を突き上げ、キスをねだってきた。珍しい──いや、オレが余計なことを考えていたのが伝わっちまったのか。

 そりゃあ申し訳ないことをした。

 オレは絡めた指を解いて、小さな頭を両手で包み込み、深く深く口づけた。もちろん腰振りは止めない。あっぷあっぷ喘ぐナマエが、キスの合間に弱音をあげた。

「ま、待っへ、くだしゃ、ちょっと、も、むりぃ……♡」
「リハビリ付き合ってくれんだろ?」

「んっ♡ あ♡ あ♡ あ♡ あっ♡ あっ♡♡♡♡」
「まだイッたって聞いてねぇけど?」

「あっ♡ あ、んぅ♡ いっ、いった♡ いってる♡ いってるのっ♡♡ うぅ〰︎〰︎〰︎〰︎♡♡♡♡」
「ははっ。ん。もっと気持ちよくなろうな」

「らめ、きもちいの、もうらめらからっ──♡」

 甘ったるい静止を求める声はむしろアクセルにしかならず、オレは長い第二射を終えた。

「へぁ、あっ、ふぅ、う……、きゅ、きゅうけい……っ」

 スキンを結んでいる間に、ナマエが這々ほうほうていでベッドの端に逃げ出した。芋虫のように這いずる背中に覆い被さり、丸い双丘にペニスを載せると「ひゃう」と鳴いた。

 シーツに突いた両手にオレの両手を重ね合わせる。すっぽり隠れるくらいの体格差をありありと見せつける。細いうなじにちゅうと吸い付くと、これ以上は無理と言わんばかりに抜け出そうとする──が、できるわけもなく。

「させるわけねぇだろ?」

 胸の下で、ひっと息を飲む音がした。



 寝バックで押し潰されるように犯されるのが気持ちいいらしい。

 散々開発したポルチオはオレのペニスに押し戻され、ぐにぐにと責められてはよがっている。スキン越しでも感じるコリコリとした感触をもっと堪能したくて、何度もピストンを繰り返した。

 連続イキし続ける身体を抱きしめながら、よしよしと頭を撫でる。

「上手に奥イキできるようになったな」
「ふ、ぅ……っ♡」

「えらいえらい。あービクビク震えてかわいーな」
「っ、っ♡」

「ん。ちゃんと全部入ってっからな」
「んんっ♡ んぅ〰︎〰︎っ」

 もはや単語にすらならない言葉を吐き続け、オレはそれを相槌と受け取って会話らしきものを続ける。

 射精する瞬間も腕でがっちりと身体を固定する。ペニスを抜いたときにはもう、逃げ出す素振りさえできずにシーツに突っ伏していた。さすがにちょっとやりすぎたかもしれねぇ。少しだけ胸が痛んだ。



「休憩しような。水飲むか?」

 真っ赤な顔をオレの方に向け、わずかに顎を引いた。頭を撫でてから、サイドテーブルに用意していた常温のミネラルウォーターのキャップをねじる。

「あ」

「ん?」
「みぎて」

「だから完治してるって。てか、三日前くらいからふつうに箸も使えてたし」
「えぇ……」

 本人は「えぇっ!?」と驚いたらしいが、疲弊して喉に力が入らないらしい。毎食あーんしてもらっていたが、見えないところでコッソリとリハビリしていたのだ。ちゃんとびっくりしてもらえて、胸がすく思いだ。

 介助役も交代だ。
 ペットボトルを落とさないように支えてやりながら、少しずつ飲ませてやる。

 ようやく一息つけたといった様子で深い呼吸をしたあとで「うそつき」とオレを睨みあげた。そして、責めるようにサイドテーブルとオレとを見比べる。

「準備万端だしっ、騙す気満々だしっ、わた、わたし全然気づかなくてバカみたい」
「ごめん」

 怒って拗ねてますという意思表示をされ、キスも拒まれてしまった。ぷいとそっぽを向く様子も可愛くて、つい笑ってしまったのを、また横目で睨まれてしまった。

「獅子神さん、えっち過ぎます。えっち! すけべ! 性豪!」

 性豪は悪口なんだろうか。相変わらずのマイルドな悪口に、オレも言い返してみる。

「あんたが焦らすからだろ」
「じ、焦らしてなんか」

「次はゆっくりナマエのペースでやろうな」
「次、って」

 ペットボトルをサイドテーブルに戻し、代わりにスキンを手に取る。呆れたような、驚愕するような顔で見守られながら装着すると、オレはナマエの身体を持ち上げて膝に乗せた。

 久しぶりの対面座位だ。

「えっち、すけべ、うそつきっ」

 持ちうる限りの罵りを浴びせながら、ナマエの秘部がゆっくりと亀頭に降りてくる。「ああ、許されてるなあ」とオレは思う。

「今度はゆっくりな?」

 中途半端な体勢でぷるぷると震えながら、覚悟を決めるようにふー、ふー、と呼吸を繰り返しているのが可愛くて、オレはナマエの太腿をつぅとフェザータッチでなぞった。

「ひゃ」

 ぢゅぷん。驚いたナマエの身体から力が抜け、ペニスを半分ほど飲み込んだ。Gスポットを刺激されたからか、膝に力が入らず、ずるずると最後まで入っていく。

 膣が狭くなってないかとの心配なんて吹き飛ばすように、ナマエのココはオレを挿入れるために慣らされてきっている。

 散々解したポルチオに、再び亀頭が深く口付ける。深くイキすぎて声も出ず放心し、太腿は自重を支えられずぴくぴくと痙攣を続ける。

 しょわあ、とオレの股を濡らすのはナマエの潮だ。

「あ、あ、あ、あっ……、ごめ、なさっ……」
「しょんべんじゃねえーって教えただろ?」

 快楽からか羞恥心からか分からない涙を舌で舐め取りながら、オレは訂正を促す。Gスポットを開発する上で出やすくなった潮吹きに、ナマエはいつも申し訳なさそうにする。これだけ相性がいいのは、嬉しいことなんだが。

「〰︎〰︎っ、お潮っ、ごめんなさいっ」
「ん。気持ちよかったな」

 触れるだけのキスをすると、ナマエからキスを返された。慣れて来つつあるが、嬉しいもんだ。

「あ、あとで……一緒に片付け、ますから」
「あんたが起きてたらな」

 下顎に皺を寄せて、ナマエが悔しそうに顔をしかめる。ペニスをずっぽりしゃぶっておいて、恨めしそうな顔で睨んでもえろいだけだ。

「……獅子神さんがやめてくれないから」
「ごめん。きれいにしとく」
「これでもう終わ──っん♡」

 まだだ。
 ナマエの科白せりふを取り上げて、オレはぐんと腰を揺らす。

「あ♡ いまだめ、だめっ」
「うんうん、ゆっくりな」
「ちがっ、うごかな──あ゙♡」

 ゆらゆらとグラインドしつつ、小さな身体を抱きしめる。ゆっくりと言いつつ、もう腰が勝手に動き始めていた。

「おくっ、も、おなかっ♡ いっぱいでっ」
「ん。ちゃんと飲み込めてえらいな」
「まって、まっ♡ あっ、あ♡ あ♡」

 やっぱりまだ足りない。

 食っても食っても、どれだけ貪っても、ずっとそばにいても、全然ナマエが足りない。オレという存在を叩き込むように、柔肌を掻き抱いて腰を打ちつける。

「ゆっくりって…っ! んっ♡ んん♡ うそつきっ♡ うそつきぃっ♡」
「そーだよ、オレは嘘つきなんだ」

「ん゙ぁ゙ッ♡♡♡♡」
「いい子の時間はもう終わりだ」

 果たして、オレにいい子の時間があったかは不明だが。

 そうやって宣言通りナマエを抱き潰してようやく、オレたちの二週間と一日が終わった。

//////////

「ふんだ」

「えー、……調子に乗りすぎて……すみませんでした……」

「ふんだ」

 拗ねてるポーズのレパートリーが相変わらず「ふんだ」しかないのが愛おしい。しかし、ここで笑ってしまうと本当に嫌われてしまいそうなので、オレは困ったような猫撫で声で許しをうた。

「なぁ、許してくれって。久しぶりで歯止めが効かなくて」

 好き、愛してる、かわいい。そんな言葉を並べてナマエのご機嫌をうかがう。

 しかし、今回ばかりは折れないぞと主張するように、ナマエはやや語気を強めてこう言うのだった。

「獅子神さんを、もっと甘やかしたかったのに」
「はあ?」

 なんだ、もっと甘やかすって。
 拷問の才能もあったんだなと意外に思うくらいに生殺しされていたというのに。

「わたしが怪我したとき──、獅子神さんのお世話が百点満点だったから、今度はわたしがって、思ってたのに──」

 聞き出したところによると。

 刺傷事件のとき、オレがアレコレと世話を焼いたお返しがしたかったんだそうだ。まあ、自分で言うのも何だが相当甲斐甲斐しかったからな。とはいえ、オレにとっちゃ大したことではないし、百点満点と褒められるような行動でも、ましてやそんな大義に思われていたなんて予想外もいいところだった。

「……もっと、どんなことがしたかったんだ?」

「ぐ、具体的にはアレなんですけど、見切り発車というか、心構えの問題というか……もっとお世話を焼きたかったんですよ……獅子神さんがしてくれたみたいに、獅子神さんを、大事に、優しくしたかったんですよ」

 ──大事に優しくされてたって思ったんだ。
 なんだか泣きたくなった。

「十分だって。ちゃんとお世話してくれてたけどな?」

 愛おしくなってキスしようと顔を近づけると、「ふんだ」と拒まれた。怒ってる。それすら、ひたすら、愛おしい。

 だのに。そのくせオレの口は嘘を吐く。ほんとうは、まだまだ甘やかしてほしいくせに。ガキみてーに甘えたいくせに。

「はあ。言っちゃった。言わないでやるのが良いのに。ふんだ」

 まだソレ続けんのかよ。思い出したように付け加えられた「ふんだ」に笑ってしまいそうになったオレは、続いた言葉に絶句した。

「しばらくえっち禁止です」
「は?」

「流されたわたしも悪いので、ふたりで反省しましょう」
「はあー?」

 その禁止期間が長ければ長いほど激しい反撃に遭うと、理解できなかったのか? 改めて理解わからせるべきか? 反射的にそんな考えが浮かぶ。

「──あ、あと」

 ナマエはおずおずもじもじと、居心地悪そうに口を開いた。

「ひ、ひとりでシて、すみません……でした……」

 枕を抱いて唇を尖らせながらそう呟く。ひとりでオナニーしてたこと言ってんのか? オレがずるいって言ったから? だからいま律儀に謝ってくれんの? 真面目すぎるというか、こだわりが強すぎるというか、嬉しい反面、──オレにそこまで真摯にしちまうのかよ、と思ってしまう。

 ナマエと話していると、時折り無性に胸がきゅうと締め付けられることがある。きっとオレは大事にされ慣れていないのだ。だから、こんなに優しい陽だまりに焼かれそうになっちまう。

「──なあ、もっかいしちゃだめ?」

「早速!?」

 思わず口を突いて出てしまった言葉に、ナマエは呆れて叫ぶのだった。